2006年下半期に neoneo坐 で上映した作品

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〜2006年下半期の企画〜
「金井勝 古稀記念全作品上映会」 短篇調査団(30)『法廷の巻』
短篇調査団(31)『文人の巻』 『科特隊 動詞映画まつり』2回目
『neofest 2006 Aプログラム』 『neofest 2006 Bプログラム』
『neofest 2006 Cプログラム』 『neofest 2006 Dプログラム』
『neofest 2006 Eプログラム』 『neofest 2006 Fプログラム』
『neofest 2006 Gプログラム』 『neofest 2006 Hプログラム』
『neofest 2006 Iプログラム』 『neofest 2006 Jプログラム』
『neofest 2006 Kプログラム』 『neofest 2006 Lプログラム』
『neofest 2006 Mプログラム』 『neofest 2006 Nプログラム』
『neofest 2006 Oプログラム』 『neofest 2006 Pプログラム』
『neofest 2006 Qプログラム』 『neofest 2006 Rプログラム』
『neofest 2006 Sプログラム』 『neofest 2006 Tプログラム』
『neofest 2006 Uプログラム』 『neofest 2006 Vプログラム』
『neofest 2006 Wプログラム』 『neofest 2006 Xプログラム』
『neofest 2006 Yプログラム』 『neofest 2006 Zプログラム』
『neofest 2006 ZZプログラム』 『neofest 2006 EXプログラム』
短篇調査団(32)『蜂の巻』 華氏8.15ふたたび
『科特隊 動詞映画まつり』3回目 短篇調査団(33)『学校の巻』
短篇調査団(34)『フィルムの巻』 8ミリフィルム映画祭
「フィルムエイジ・アニメーション80」
8ミリフィルム映画祭
「山崎幹夫セレクション1―狂風世界」
8ミリフィルム映画祭
「浅野優子万華鏡」
8ミリフィルム映画祭
「短篇調査団EXTRA」
8ミリフィルム映画祭
伝説の8ミリ超大作『夢で逢いましょう』
8ミリフィルム映画祭
「山崎幹夫セレクション2―理に落ちぬ快楽」
8ミリフィルム映画祭
「山崎幹夫セレクション3―ひたすら祈り続けて」
8ミリフィルム映画祭
「山崎幹夫セレクション4―世界を理会する瞬間」
8ミリフィルム映画祭
「山崎幹夫個展プログラム1<記憶の戦場>」
8ミリフィルム映画祭
「山崎幹夫個展プログラム2<積乱する時空>」
8ミリフィルム映画祭
「山崎幹夫個展プログラム3<世界をフィルムで計測すること>」
8ミリフィルム映画祭
「山崎幹夫セレクション5―異空間嗜好」
8ミリフィルム映画祭
「鈴木志郎康セレクション」
8ミリフィルム映画祭
「山崎幹夫セレクション6―やがて悲しき世界」
短篇調査団(35)『顔の巻』
『科特隊 動詞映画まつり』4回目 雲南映像フォーラム in 東京
短篇調査団(36)『睡眠の巻』 短篇調査団(37)『原子力の巻』
「neofest」ベストセレクション 短篇調査団(38)『炭鉱の巻』
アニメーション80 第32回上映会 寺田靖範展
短篇調査団(39)『差別の巻』 アンダーグラウンド・フィルムの金鉱
「中村雅信作品集1」
アンダーグラウンド・フィルムの金鉱
「中村雅信作品集2」
アンダーグラウンド・フィルムの金鉱
「中村雅信作品集3」
アンダーグラウンド・フィルムの金鉱
「中島崇作品集」
アンダーグラウンド・フィルムの金鉱
「居田伊佐雄作品集1」
アンダーグラウンド・フィルムの金鉱
「居田伊佐雄作品集2」
アンダーグラウンド・フィルムの金鉱
「参考上映」
短篇調査団(40)『地下鉄の巻』 川口肇映像個展 【人造の時間】

「金井勝 古稀記念全作品上映会」

歌・句・詩シネマ『時が乱吹く』(2006年7月1日(土) 14:00〜)
『時が乱吹く』1991年/62分/16ミリ

■ 短歌篇『夢走る』、俳句篇『一本勝負の螽斯』、詩篇『ジョーの詩が聴える』に幕間2景を挟んで完成させた、映像詩人・城之内元晴への追悼作品。しかしただの追悼映画ではござんせんょ!


〜収録作品は下記の3作です〜
『夢走る』 『夢走る』
1987年/17分/16ミリ
★メルボルン映画祭・最優秀短篇劇映画賞受賞(1988年)

時代劇の実験映画。ご隠居の恋文を持って東海道をひた走る若き飛脚――その飛脚も恋に落ちて、この老若恋の勝負の結末はいかに……?

『一本勝負の螽斯(キリギリス)』 『一本勝負の螽斯(キリギリス)』
1988年/11分/16ミリ

400フィート巻きのフィルムを詰めたカメラが家の中をワンショットで巡り、勝丸の日常と妄想とを白日の下に曝け出す個人映画。

『ジョーの詩が聴える』 『ジョーの詩が聴える』
1989年/22分/16ミリ

『夢走る』でご隠居の役を演じてくれた城之内元晴は既に鬼籍の人――その彼の作品『新宿ステーション』の詩が庭を這うラストシーンは圧巻!

『聖なる劇場』(2006年7月1日(土) 16:00〜)
『聖なる劇場』1998年/ビデオ/34分

■ 舞台づくりと、小鳥や魚、昆虫など、脇役たちのパフォーマンスの瞬間を撮るのに6年の歳月を費やした作品――その脇役たちを従え、黄泉の国の住人たちが競演を繰り広げる。

『スーパードキュメンタリー 前衛仙術』(2006年7月1日(土) 16:40〜)
『前衛仙術』2003年/ビデオ/33分
★オーバーハウゼン国際短篇映画祭:国際批評家連盟賞(2004年)

■ 映像作家・金井勝が自分の中に棲む〈別人〉勝丸をドキュメント。前衛仙術なるものを編出した勝丸は次々と奇跡を起こすが、それは決して絵空事ではないミラクル――他に類例のない怪作にして快作!

『微笑う銀河系』第一話『無人列島』(2006年7月2日(日) 13:00〜)
『無人列島』1969年/55分/16ミリ
ニヨン国際映画祭グランプリ(1970年)
出演:串田和美・河西郁子・ゼロ次元 ほか

■ 少年時代からの体験や妄想と、日本の(将来を含めた)戦後史とを、瘤だらけの縄のように編んだ映画―これは悪夢か、はたまた現実か? 日出国が走る!

『微笑う銀河系』第二話『GOOD-BYE』(2006年7月2日(日) 15:00〜)
『GOOD-BYE』1971年/52分/16ミリ
出演:松井康子・むささび童子・金井勝 ほか

■ 日本人の血の流れを求めて、戒厳令下の韓国ロケ決行! それまでにない鮮烈なドラマが緊張感の中におかしみを滲み出させて、貴方のハートを撃つ!

『微笑う銀河系』第三話『王 国』(2006年7月2日(日) 17:00〜)
『王国』1973年/84分/16ミリ
出演:むささび童子・大和屋竺・城之内元晴 ほか

■ 全てをからめとってしまう「時間の神」に超然と立ち向かう若き詩人・五九勝丸―その冒険の旅は八王子からガラパゴスへ、そして中天へと駆けのぼる…とてつもなくキッチュな「新しい神話」。

『演劇入門 ジュリアス・シーザー』
(2006年7月1日(土) 18:00〜・2006年7月2日(日) 19:00〜)
1967年/40分/パートカラー/製作:学習研究社/
プロデューサー:原正次・石川茂樹/演出:小野豪/脚本:伊藤純/撮影:金井勝

■ サークル活動指導のため、シェイクスピア劇の本読みから立げいこ、また衣裳合わせ等、ひとつの演劇をくみたててゆく過程を劇団「雲」の公演によって組みたててゆく。



『短篇調査団(30) 法廷の巻』

『杖の訴状』(2006年7月5日(水) 20:00〜)
1975年/27分/カラー/制作:日本映画新社/企画:最高裁判所
/プロデューサー:大森邦彦/脚本・演出:下田逸穂/撮影:杉崎理

■ 広く国民に司法制度を啓蒙し、裁判所に対する信頼感を深めるため、民事裁判がどのように行われるか、法律知識の理解に役立たせるとともに、裁判所の役割、しくみをわかりやすく解説する。

『裁判員制度―もしもあなたが選ばれたら―』
2005年/58分/カラー/DVD/企画・製作:法務省/制作:MJエンタープライズ・日本テレビアート
/プロデューサー:黒澤秀則・北島和久・大塚泰之/監督:中村雅俊/脚本:大根健一/カメラ:八柄哲/音楽:池頼広
/出演:西村雅彦・中村雅俊・加藤夏希・川俣しのぶ・樋口浩二・渋谷哲平 ほか

■ 平凡なサラリーマン小林(西村雅彦)のもとに一通の手紙が送り届けられた。「あなたは裁判員候補に選ばれました」。仕方なく裁判所を訪れると、数十人の裁判員候補が集合していた……平成21年にスタートする「裁判員制度」は、本格的な司法への国民参加を実現することになる。その概略をたどりながら、そこに参加するごく普通の人々を描く。

上映協力◎法務省


『短篇調査団(31) 文人の巻』

『漱石の世界』(2006年7月26日(水) 20:00〜)
1977年/22分/カラー/制作:共立映画社
/プロデューサー:江川好雄/脚本・演出:大島善助/撮影:中村誠二

■ 夏目漱石が東京帝国大学文大学(現・東京大学)在任中に処女作「吾輩は猫である」を発表した頃の、近代化に進む日本の時代的背景をさぐるとともに、漱石の人間性や作品に対する理解を深める。

『詩人とふるさと―藤村・白秋・朔太郎・光太郎―』
1976年/22分/カラー/制作:鹿島映画(現・カジマビジョン)
/プロデューサー:船越甫/脚本・演出:星山圭/撮影:金子慈夫

■ 日本の近代詩をになう4人の詩人、島崎藤村、北原白秋、萩原朔太郎、高村光太郎の詩作の跡をたずね、詩人とふるさとの関係を美しい画面で描き出す。

『ぶんきょうゆかりの文人たち―観潮楼をめぐって―』
1988年/38分/カラー/制作:岩波映画製作所/企画:文京区教育委員会
/プロデューサー:陣内直行/演出:時枝俊江/撮影:八木義順

■ 森鴎外の書斎(観潮楼)あとや、彼が交流した多くの文人たちとの足跡を残す文集や日誌、書簡など、豊富な資料やエピソードを紹介。鴎外の時代と文京区の土地柄を描く。



『科特隊 動詞映画まつり』2回目

『こわす』(2006年7月28日(金) 19:30〜)
1974年/27分/カラー/16mm/制作:学研映画
プロデューサー:原正次/脚本・演出:定村武士/撮影:平野光徳

■ 人間の歴史は、作ることと壊すことのくり返しであったと言える。壊れるとはどんなことなのだろうか。ミクロからマクロの世界までを追いながら “こわす” という現象を探っていく。

『くっつける―接着の革命―』
1967年/27分/カラー/16mm/制作:学研映画
プロデューサー:原正次/脚本・演出:桜井亮輔/撮影:寺山威

■ 2つのものをくっつける方法には、のり、ニカワやウルシからネオンプレゴム、フェノール樹脂など化学が作り出した新しい物質の接着剤まである。その概要を探っていく。

『混ぜる―そこで何がおこるか―』
1968年/28分/カラー/16mm/制作:理研映画
プロデューサー:藤田幸雄/脚本・演出:桑野茂/撮影:岸寛身

■ 混ぜるということ…私達の生活に密着した科学の世界、自然から現代化学の最前線にまで、この不思議な力は働いている。

『みがく』
1978年/21分/カラー/16mm/制作:学研映画
プロデューサー:原正次・石川茂樹/脚本・演出:建部賢太郎/撮影:平野光徳

■ トクサで竹をみがく。様々な砥石で日本刀を研ぐ。今日では精度の高いみがきの技術がいろいろな所で使われている。「みがく」ことがどんな大切な意味あいをもっているか探る。



『neofest 2006 Aプログラム』

『Dear NOZOMI』(2006年7月8日(土)11:30〜・18日(火)21:00〜)
nozomi.jpg小鷹拓郎/2006年/DV/23分/ドキュメンタリー

■ 「NOZOMIちゃんは首長族の女の子。僕は彼女に恋をした」
本作品は、作者:小鷹拓郎からNOZOMIちゃんに贈る映像型ラブレターです。20歳になった作者は、ガイドブックを一冊も持たず単身で海外5カ国と30カ所以上の部族の村を放浪していました。1年半の時間をかけて、NOZOMIちゃんをナンパし続けた記録映像を基に構成されています。

『青と白の境界線の狭間で』
aotoshiro.jpg長谷明日美/2006年/DV/8分/京都造形芸術大

■ なにもない田舎で、なにもない毎日を生きている高校生三人組。
三人はいつも一緒で、それが当り前の日常だった。
しかしそんな日常が終わりを告げる。

『たのしき われらが楽生院』
rakusei.jpg土屋トカチ/2005年/DV/21分/ドキュメンタリー

■ 2005年10月、ハンセン病補償法に基づく補償請求裁判で、韓国・台湾と対照的な判決が話題となったことは記憶に新しい。植民地当時から、現在も台湾・楽生院療養所で暮らすハンセン病元患者の今を取材した。

『風の残響』
kaze_no_zankyo.jpg幸修司/2004年/DV/58分/劇/映画美学校

■ 冬の終わりの田舎町。中学校に通う晃治は幼なじみの小夜子にほのかな恋心を抱いていた。ある風の強い日に小夜子は行方不明になる。晃治は一人小夜子を探しに行く決心をする。やがて、晃治は小夜子が抱えていたせつない想い気付いていく。



『neofest 2006 Bプログラム』

『bee bee beat』(2006年7月8日(土)13:45〜・19日(水)19:00〜)
beebeebeat.jpg齋藤綾子/2006年/DV/3分/東京造形大

■ 人と人との出会いは、それがどんなに大好きな人とであっても、全て別れへと繋がっている。ある早朝、窓に止まっていた蜂を人に例え、実写とアニメーションを融合させてその「孤独」を表現した。アニメーションと現実世界をリンクさせる為、音楽は既存のものではなく、作者が録音した身近な生活音から作曲した。しかしその別れは一方的にただ悲しいだけのものではなく、落ち着いて受け入れるべきものだという私なりのとらえ方を、リズムをとる実写の蜂や暖かいイメージのちぎり絵で楽天的な雰囲気をだし、表している。

『おさかなのてんごく』
osakana.jpg副島優輔/DV/1分

■ 生きることのグロテスクな面と教育の洗脳っぷりを表現しようと魚の死体を撮影していたら、涙が溢れてきた。魚に感情移入をしてはいけなかったのだ。人類のタブーだったのである。

『水の睡り』
mizuno_nemuri.jpg栩兼拓磨/2006年/DV(原版16ミリ)/31分/劇/映画美学校

■ それまで暮らした家からアパートに引っ越した義男は、音信不通だった姉、陽子と再会し、共に暮らし始める。穏やかな生活が始まるかに見えたが、義男は悪夢に襲われるようになり、二人は過去の記憶が眠る、川の上流へと向かう。

『与那国』
yonaguni.jpg武井杉作/2006年/DV/70分/ドキュメンタリー

■ 高校時代の友人、菅谷周が亡くなりました。
彼と僕は当時、共にコント映画を作るパートナーでした。
死は鏡となって、さまざまな人を映し出します。統合失調症・ひきこもり・いじめ・過食・アル中・自殺未遂など、生前彼が抱えていた問題を明らかにしつつ、悲しみに暮れる家族、いじめていた旧友たち、それぞれの想いを、高校時代に2人で作った映像を交えて追っていきます。
いるはずの人間がいない空間を、受け入れる過程は人それぞれ。しかし、そこに通低する魂が、与那国から微かに浮かび上がってきます。



『neofest 2006 Cプログラム』

『花筵』(2006年7月8日(土)16:00〜・20日(木)21:00〜)
hanamusiro.jpg吉村真悟/2005年/DV/34分/武蔵野美大

■ この作品は、一昨年自費出版された監督自身の祖父・吐田文夫(はんだふみお)の句集を映像化するという事をテーマに制作された。また、作者および監督の故郷である福岡県北九州市でのロケを行い、当地の風土や文化等を広く紹介したいという思いもあった。

『兵士の物語』
heishi_no_monogatari.jpg安里麻里(脚本:桑原三知子)/2005年/DV/34分/東京芸大大学院

■ 音楽院受験をひかえた娘のため、盗みを働いてまでヴァイオリンを手に入れようとする母親。しかし念願のヴァイオリンを手にしたとき、彼女を囲む世界が歪み始める。

【作者より】
音楽劇「兵士の物語」(ストラビンスキー作曲)をモチーフとし、脚本コースの桑原三知子が現代を舞台に作劇を試みた中篇作品。

『戦時下』
安里麻里/2005年/DV/14分/東京芸大大学院

■ 戦時下の日本。空襲警報が鳴り響く中、人々は避難所を目指している。そんな中、ひとり逃げる様子もなく高みから人々を見下ろす男がいた。群集が去り町が静寂に包まれた時、男は町へと降り立った…

【作者より】
セリフはなくアクションのみで語られた短編作品。

『荒廃・和解(散弾百回)』CEASE / FIRES (100 SHOTS)
kouhai.jpgタン・カイシン(Kai Syng Tan)/2006年/DV/30分

■ 都会・荒廃・身体・死体・現実・嘘言・映像・音(楽)・雑音・性愛・政治・断片・整体・残酷・人・記号・動物・生物・誕生・成長・浸食・そら・から・くう・間・対立・対照・反対・反応・闘い・和解・乱・脱線・火・停戦・冷戦・しあわせ・幸福・否定・過去・現在・未来・祝賀・愛・哀悼・待つ・末・繰り返す・あらためて・

音のサンプル:フィリップ・タンの曲から

Sex lies video tape death city corpse ruins flies erosion war peace quakes earth sky body issueless scattered calamity hope wallop birth turmoil reconciliation false starts ends thesis anti-thesis glitch hitch harmony bewilderment loss pregnant pauses empty signifiers honorable discharge barren in fertile poetic wholes prosaic fragments fractures dis-continuities after-lives, moving images still lives broken utterances structured narratives ex/implosions mind body splits slits im/mortality feigning a sleep a wake a flutter asunder heart skipping beat(s) loss gains again fit seizures skips spans top pit bull sufficiency chance control in out synch comings goings what this is different repetitions destruction preservation trigger happy holding backs all consuming obsessions comic tragic hot cold seas fires heaven hell ritual affirmative denial yes no sweat ice ever lasting love resistance ritard pause ellipsis epilepsy end game

Sound samples from original compositions by Philip Tan



『neofest 2006 Dプログラム』

『爆撃機の眼』(2006年7月9日(日)11:30〜・20日(木)19:00〜)
bakugekiki.jpg八坂俊行/2004年/DV/60分/劇/映画美学校

■ 女子高生の時子と雫。二人は日常に退屈していた。ある日、偶然忍び込んだアパートで帰宅した住人の男を縛り上げ、監禁してしまう。2人は男の部屋で過ごすようになるが、同じクラスの三雄に片想いする雫は、次第に時子との距離を取り始める。そんな中、女性の眼が潰され絞殺されるという事件が連続して起こり・・・。

『学校を辞めます〜51才の僕の選択〜』
gakkoyame.jpg湯本雅典/2006年/DV/16分/ドキュメンタリー

■ 東京都の公立学校の現場の実態を、一人でも多くの方に知ってもらいたいと思う気持ちから作りました。子どもとの別れ、最後の授業、日常の学校風景、転勤命令が出た経過、薬漬けになる自分、牛丼屋で朝食をとる自分、出勤風景など、自分を丸ごと撮影しました。ここから、今、すべての教師が直面している学校の「不自由さ」がにじみ出てこれば幸いです。

『兎が怕イ』
usagi.jpg倉重哲二/2002年/DV/13分/アニメーション

■ 兎に監禁された少女の物語。食と快楽みたいなテーマで作り始めたらこんな作品になっていました。
当時、食に関する書籍を図書館で沢山借りてイメージを作りました。
今でも書店で料理書を読むのが癖になっています。
ブリア―サヴァラン著「美味礼賛」を引用したので、もっとグルマンな内容にしたかった。

『スクリプティングゴースト』
scripting_ghost.jpg倉重哲二/2004年/DV/17分/アニメーション

■ 拾ってきた机には幽霊が憑いていた。主人公と幽霊は奇妙な文章によるやり取りをはじめる。
しかし幽霊にコミュニケーションの意思はなく、書き写すという(しかも不正確な)行為に没頭していくのであった。
幽霊をテーマにしたからなのか、途中でファイルが全部消えたり、納得いかず、ちょこちょこ改変したりとなかなか手が離れなかった作品です。



『neofest 2006 Eプログラム』

◎早稲田大学川口芸術学校作品集

『BLUFFMAN the trickster』(2006年7月9日(日)13:45〜・19日(水)21:00〜)
bluffman.jpg大森幸子/2005年/3分15秒/アニメーション

■ さて、一人一人が主役などとは果たして本当でしょうか。日々こんなにも無気力でパッとしないのは、もしや自分が脇役だからではあるまいか…

【作者より】
本来のテーマは物語内から実世界に言及するメタフィクションのようなもの。整理がつかずにやり残してしまったことが未だ山積みですので、今後はこれを習作として更に突き詰める機会を持ちたいと思っています。

『顔 FACE』
kao-face.jpg北原隆世/2006年/9分

■ 私と、私が私とする境界線。
日々、行く宛もなく漂い続ける社会。
曖昧な現実を映す鏡。

『家族の食卓』
kazoku_no_shokutaku.jpg川瀬礼王名/2004-2006年/10分

■ 家族が金をかけて顔色を伺い、罵り、結束を固めていく様を撮ることにより、家族という組織がいかに脆いものなのかを表したかった。家族でさえも「血のつながりという必然的に寄り集められた他人」となってしまう。そもそも「組織」の中で無意識に他人に順応して生きている中で、何か少し歯車が狂うだけであらわになってしまう人の様を撮りたかった。

『What is that day I watch?』
what_day.jpg大江直哉/2005年/4分15秒

■ この作品はニュース映像を転用した「映像の読み替え」という試みです。作品内で対象としているのはイラク人質事件ですが、同時にメディアそのものに対する言及でもあります。
何かが正しくて何かが間違っているという決め付けは、何ものかを見失うということに繋がりかねないのではないか? そういった言葉にならない「引っかかり」を持って制作しました。

『MOZZA』
mozza.jpg善元寿仁・高澤大人・富田瑞穂/2006年/4分

■ プライバシーにおけるモザイクの利用性をショートムービーで制作しました。

◎ラサール・シア大学(LASALLE-SIA College of the Arts)作品集

このプログラムは、アーティスト、タン・カイシンが集めた学生達のビデオアートの作品集である。シンガポールで活動する5人の若手アーティストは、さまざまな視点から、またいろいろな手法を用いて「シンガポール」、そして都会を描写していく。都会、ビデオカメラを通して、我々の現在、我々の居場所をあらためて見よう。
"This is a dynamic selection of work created by young video artists living and working in Singapore, whose disparate motivations and methodologies collectively construct a map of sorts, of the here and now, mediated via the medium of the video camera."

『エロプティカ』"ER-OP-TI-CA"
モハメド・スハイニ・ビン・ミング(Muhammad Suhaimi bin Minggu)/3分12秒

■ 「『エロプティカ』というタイトルは、「エロ」と「オプティカル」という2つの言葉を掛け合わせた造語である。言葉どおり、スハイミの踊るような映像と音楽は見るものに極度の興奮をもたらす」。

ER-OP-TICA, a portmanteau of the words ‘erotic' and ‘optic' is Suhaimi's exploration of the mind's perception of the audio and visual signals. Image and music dance in an act of seduction, engaging and working one's mind into a metaphorical state of orgasm.

『何故』"Y"
y.jpgモハメド・ファーミ・ビン・ジャマル(Muhammad Fahmi bin Jamal)/4分56秒

■ 「一方、『何故』の雰囲気は沈黙。ファーミによって描かれるシンガポールは、よく知られている「富裕な第一世界」のイメージとは正反対。貧乏な主人公を追いかけるこの映像は、社会の偽善的行為を再検討する必要を問いかける」。

Yet Y engages the audience in a completely different way. Fahmi's version of ‘Singapore' is an antithesis to the wealthy, sparkling and sexy image of a vibrant metropolis that the island-nation is wont to project. Fahmi peels the sheen off the streets and emerges with a quiet and powerfully disturbing portrait of the poor and forgotten ? a picture that leaves the audience anything but indifferent.

『トンネル』"Tunnel"
tunnnel.jpgモハメド・フィルダウス(Mohamed Firdaus b Mohamed Noor)/3分56秒

■ 「フィルダウスの映像はまた別の道を示す。『トンネル』は脳の思考過程を映像化する試みである。この示唆に富む不思議な「旅」は見る者の想像力を刺激する」。

Then Tunnel coaxes the audience back into the realm of imagination. Firdaus' carefully composited work is an attempt at the study on the process of thinking. Think of the video as an expanded visual and aural journey of what the mind experiences during a moment of thought, and the resulting trip is one that is at once evocative and elucidating.

『ポートレート』"Portrait"
タン・シンイン(Tan Shinyin)/7分49秒

■ 「フィルダウスの重苦しい作品とは対称的に、タンの映像は、私たちが「動画」を必要としている理由を教えてくれる。彼女は独特なカメラの角度で、自分の母親が持つひとつの愛情豊かな側面を描写する。母親が働く様子を捉えた『ポートレート』は、アーティストの気取らず前向きな姿勢を映し出す」。

If Firdaus' video was an austere formal exercise, Tan's attempt reminds one why we need the ‘moving images'. Shooting from a unique camera angle, Tan presents an affectionate re-presentation of her mother. Edited in-camera, this video is a depiction of a slice of life of her seamstress mother at work ? Portrait is simple, unpretentious and life-affirming.

『赤緑』"REDGREEN"
モハメド・ファーミ・ビン・ジャマル(Muhammad Fahmi bin Jamal)/3分21秒

■ 「ここでちょっとした可愛いクリップを。そのどちらもがイエスでもなくまたノーでもないファーミの『赤緑』は、あるがままに魅力的な運動を繰り返す」。

Fahmi's Red Green is on the other hand densely treated, wonderfully light ? and delightful. The mesmerising shimmering soundtrack unites 2 diametrically opposite signs ? the Green man and the Red Man. The signs flutter and bounce off each other playfully, such that the basic question of To Cross, Or Not To Cross, is hardly consequential.

『意志都会の青写真(抑圧と静寂)』"Blueprints for Volition City (gagged & blinded)"
ishi_tokai_no_aojasin.jpgトーハン・ビン(Toh Hun Ping)/7分41秒

■ 「最後の『意志都会の青写真(抑圧と静寂)』は、まるで都会を激しく集中炮火するかのような7分間。トーは、土や生肉などの意外な素材を被写体にすることで、都会における、音、色、過去、権力者の象徴などを徹底的に攻撃し、「国家」、「国」、「家」などの概念を破壊する。これはB級映画のように、ひどければひどいほど、痛ましければ痛ましいほど素晴らしい。どうぞお楽しみください」。

The fatalistic finale of this collection however is the devastating assemblage, Blueprints for Volition City (gagged & blinded). This is Toh's fiercely uncompromising (anti)tribute to the city as he sees and breathes it, as well as, in the artist's own words ‘a prophecy for its demise'. Toh plunders and excavates sights, sounds, memories, iconographies and all the symbols of control, power and prowess from the urban landscape to pick on, prick, penetrate, pierce, stab, slash and sodomise, shock, mock and lock mercenary kisses with. Soil and pieces of raw meat are just some of the material that the artist uses to embalm the corpse of the city. Toh's unapologetic map of his homeland hits home like a topnotch slasher B-movie ? it is so bad it hurts, it hurts so much that it is good; to be this good it had to be filthy. Enjoy.

『ヒノサト』
hi_no_sato.jpg飯岡幸子/2002年/DV/45分/ドキュメンタリー/映画美学校
山形国際ドキュメンタリー映画祭2003「学校スペシャル」上映

■ ずいぶん以前に、祖父についての映画を作りたいと思っていました。しかしそれから時間が過ぎ、私も郷里を離れ、様々な状況に変化がありました。その変化を感じるにつけ、寂しさや懐かしさ、悔しさ、帰りたい帰りたくないという様々な思いが入り交る訳なのですが、その思いと、作りたいという思いが一つのものだと気付いた時に、漠然と持ち続けていた“祖父についての映画"というものが、初めて構造を持って見えて来たのでした。



『neofest 2006 Fプログラム』

『kyojima』(2006年7月9日(日)16:00〜・18日(火)19:00〜)
kyojima.jpg高橋建/2005年/DV/7分/武蔵野美大
武蔵野美術大学 2004年度卒業制作優秀賞

■ この作品のモチーフになったのは、東京都墨田区京島。曲線を描いた路地裏が何本も行き交い、まるで迷路のような不思議な空間を作り出しています。それが夜ともなれば一層際立ち、怖ささえ感じる。そんな時間と空間が絡み合うことで作り出されていく世界を描きたいと思い、この作品を作りました。ストーリーも存在せず、ただ街の風景だけが淡々と流れていく映像ですが、こに潜む空気感をじっくり味わって下さい。

『カブトムシ』
kabutomushi.jpg大須賀康之/2005年/27分/DV/劇/慶応大

■ ある男が、昔の友人に会いにいく、夏のある一日の物語。

『東京心中』
tokyosinjyu.jpg三角みづ紀/2006年/DV/59分/東京造形大

■ 手をとって、表現と手をとって、表現とあなたと手をとって、表現とあなたと獣と手をとって、表現とあなたと獣と明日と手をとって、あたかも息をするように。



『neofest 2006 Gプログラム』

『GO! GO! fanta-G』(2006年7月15日(土)11:30〜・21日(金)19:00〜)
go_go_fanta.jpg清水浩之/2001年/DV/22分/ドキュメンタリー/映画美学校
山形国際ドキュメンタリー映画祭2003「学校スペシャル」上映

■ 穏健な父が「つくる会」会員に? 我が家のお茶の間で勃発する教科書論争。

『SIGHT』
sight.jpg水頭隆/DV/6分/成安造形大

■ 親友が、親友ではなかった。なんとか話しかけたい主人公だが、過去の記憶が立ちはだかる。

【作者より】
私は、「距離・ズレ」を主題に作品展開しています。良い関係を築くためには、何事にもとらわれない素直な視点を持つことが重要です。そのことを、今回の作品で表現しました。

◎1 minute Animation Vol.5(16本) アニメーション80/2005年/DV/約20分

1_minute_animation.jpg1分以内の自主制作アニメーション作品を、チラシやホームページで一般公募し、それをつなげる事で1本のしりとりアニメにしています。黒丸の図形から始まり、黒丸の図形で終わる『課題部門』と、テーマ自由の『自由部門』。アニメーションの様々な技法が楽しめ、初心者からプロまで様々な人が参加できる企画になっています。アニメーションをより身近なものに感じてもらい、観る事も創る事も楽しんでもらいたいと思います。
作品募集と各種上映会ヘの参加は毎年行っています。

1分アニメホームページでは世界中に作品募集、Web上での作品紹介、作品上映などを行っています。
2005年の外国からの参加国はスペイン、オランダ、ブラジル、ドイツ、イギリス、ラトビア、べラルーシと多岐に渡っています。

『夏の終わり』
end_of_summer.jpgシャチ/58秒/日本

■ ひとりの侍が突然刀を抜き走り出した! その理由とは!? 予想外の展開に誰もが苦笑する黒澤風サムライムービー。もともとGIFアニメとして制作したものを新たに効果音を入れムービーとして完成させました。

『Dot Project』
dot_project.jpgCharles Wardlaw/20秒/日本
『Pigi』
Pigi.jpgTum Tum/37秒/日本

■ ブタ型貯金箱のピギ、お金をたくさん入れてくれるのは嬉しいんだけど…。

『wasting time with God』(神と共に過ごした時間)
wasting_god.jpgLeo Earle/1分/England

■ この作品はウェブ・サイトのwww.wastingtimewithGod.comにフィーチャーされているアニメーション・シリーズの一環として作られたものです。このウェブ・サイトは、紀元4世紀にシリア砂漠の中央にある塔の上で40年を過ごし、自分の「全」人生を祈ることに費やした聖なる苦行者、シメオンについてものです。作品に登場するキャラクターはこの聖シメオンを元にしています。私は聖シメオンの言葉を日本に広め、何かしらの興味深い出会いを作ることができれば、と思い、1分アニメーション用としてこの作品を作りました。

『roboll』
roboll.jpg中西義久/1分/日本

■ ボールから変型するロボットが登場。好奇心から色々なものに触ってしまう様子を、線画アニメで描きました。

『パレード』
parade.jpgモリタダシ/1分/日本

■ とにかく歩かせてみました。

『SORROW B4 CHRISTMAS』(悲しみのクリスマス・イブ)
sorrw_B4.jpgEddy Van Hamersveld/1分/The Netherlands

■ クリスマスイブ。あせる男はテレビ電話で元カノを呼び出す。慎重に会話を始める男。しかし、彼女はあまり乗り気でない。どうやら、過去に彼らの間にあった何かが障害となっているようだ。

『蘇る未来』
rising_future.jpgリブプラスト/51秒/日本
2003年東京ビデオフェスティバル ビデオケーション賞受賞

■ 登校する途中、交通事故に遭い死の淵をさまようダンサー役の未来(ミク)。アートライブのステージは既に始まっている。私達の未来は明るく希望が持てるものなのか? 未来は臨死体験の中、世界の様々な「死」に遭遇し、「生きる」意味を見つけ出そうとする。

『Ein Spiel / A game』(ゲーム)
a_game.jpgTina Erosova/1分/Germany

■ ハンブルグの公立美術学校(ステイト・スクール・フォー・ヴィジュアル・アーツ)の生徒は別の校舎に移らなければなりません。生徒にとっても先生にとってもこれは受け入れがたいことです。なぜなら、学校が商業主義的になりつつあるからです。何年後かには無料で(?)授業を受けることは夢物語となってしまうかもしれません。

あらすじ:生徒はニワトリみたいにボーリング・ゲームに興じている。他の遊びは思いつかないようだ……。

『Banheiro Massa / Cool Bathroom』(冷たいバスルーム)
cool_bathroom.jpgRomero da Fonte/1分/Brasil

■ このアニメーションはバスルームとラジオと1人の男、クレイ氏の日常について描いたもの。クレイ氏はバスルームでラジオを聞きながら新聞を読むのが日課。ラジオからいやなニュースが流れた後、奇妙なことが起こり始める。

『くろたま3』
kurotama3.jpgチェコブラ/43秒/日本

■ 前作で、くろたまに遊ばれてしまったサルが報復攻撃にでるが…。

『UNUSUAL VOYAGE』(一風変わった航海)
unusual_voyage.jpgAlexander Goroulev/58秒/Belarus

■ 酔っぱらいのかぶっていた帽子が風で飛ばされる。かわりに鳥の巣を頭にかぶってしまうが、男はそれに気づかない。

『ラクガキアニメ「タコテレビ」』
tacotv.jpgにゃおぞ/1分/日本

■ 表題作「タコテレビ」他、オムニバス作品。みてね!(ユートピアのポーズで)

『The Little, Beautiful Things』(小さな美しいもの)
the_little_beautiful.jpgDario Perez Moreno/1分/Spain

■ 水道の栓から水が漏れ……その水滴が水車へと落ち……そしてその水車がパペットを動かす。水漏れが止まるとパペットは動きを止める。パペットは周りを見まわし、振り返る。そして人生の意味について深く考える。彼は今までの自分の人生を、そして、これから起こることを見つめる……。

『Ministry Messiah』(聖務、救世主)
ministry_messiah.jpgGints Apsits/3分7秒/Latvia

■ ある日、私は深い深い眠りから目覚めた……
……その眠りとは現実。
私は奇妙な家にいる。
その部屋には窓も戸もない。牢獄のようだ。
壁も、天井も、床さえも、ない。まるで野にいるかのようだ。
走る場所も隠れる場所もない……
月経期前の静寂の周囲には。
……ただ空だけが近づいてくる。

『ぼくらのハムレットができるまで』
hamlet.jpg山本良子/2004年/DV/47分/ドキュメンタリー/映画美学校

■ 所沢の住宅街にある小中学生の為の小さな学習塾「赤門塾」。在野の哲学者として知られる長谷川宏さんの塾です。赤門塾では毎年学年末の時期になると、恒例の演劇祭に向けて、授業時間の半分を使い、演劇の練習を行います。目玉は塾の卒業生の大人達による演劇。子ども達だけでなく大人達も、晴れ舞台に向けて練習に励みます。住宅街の中で開かれるこの小さな小さな演劇のお祭りが出来るまでの、ささやかで幸せな時間を記録しました。



『neofest 2006 Hプログラム』

『BABAISM』(2006年7月15日(土)13:45〜・25日(火)21:00〜)
babaism.jpg小鷹拓郎/2005年/DV/8分/ドキュメンタリー

■ 祖母である「ババ」の価値観や体験談を後世に伝えるために制作した私的ドキュメンタリーです。祖母は64歳の平凡な主婦で、彼女の価値観や体験談は同世代の女性達と対して何の変哲もありません。「スミ」が本名ですが、私は幼い頃から彼女を「ババ」と呼び続けています。

『指の、 先の』
yubino.jpg能登芽依子/2006年/DV(原版8ミリ)/15分/東京造形大

■ この映画には、登場人物も、台詞も、物語も無い。言いたいことがあって作ったものでもない。目の前にある景色を、ずっと眺めていたいと思うことがある。そんな光景にカメラを向けていた。フィルムの粒子が感光することそのものが私にとっての幸福であるのと同時に、その景色を誰かにみせたかったのかもしれない。綺麗だから撮ったのではない。一緒に見て欲しかったからだ。その思いは我侭で、やり場の無い恋心にも似ている。

『ねんどのこい』
nendo.jpgいとうあや/DV/7分/アニメーション/山口県立大

■ 「ニャンタ」「とっこ」「女の子」は仲良し三人暮らし。いつも女の子がくすねて来るドーナツを食べて暮らしています。ある日、ドーナツ調達に出かけた女の子がいつまでたっても帰って来ません。ひもじい日々が続きます。待ち疲れたニャンタとトッコは女の子を探す旅に出ます。“あちら側”の世界に続くトンネルを見つけたニャンタとトッコ、2人は女の子に会えるのでしょうか?

『アヒルの子』
ahirunoko.jpg小野さやか/2005年/DV/73分/ドキュメンタリー/日本映画学校

■ 小野さやかは、自らの内面に巣食う生きがたさに悶え苦しんでいた。自分は価値がない、誰にも愛されていない、必要とされない、生きる意味がない・・・。その原因は、彼女が5歳のときに家族の下を離れ、ヤマギシ会の幼年部に1年間預けられたことから端を発する。その1年間を彼女は家族から「捨てられた」と思い、2度と捨てられないために「いい子」を演じてきた。しかし、彼女は「いい子」であり続けてきたことが自分自身を苦しめていることを発見し、「家族の奴隷」である自らを解放するため、自分の内面を縛り付けている「家族」を壊す決意をした・・。現代の家族とその閉塞感を自ら打ち破ろうと試みたセルフドキュメンタリー。



『neofest 2006 Iプログラム』

『Ω』(2006年7月15日(土)16:00〜・24日(月)19:00〜)
omega.jpg古川まみ/2006年/DV/15分/京都造形芸術大

■ それぞれにおもう相手がいるから、動いている日常。

『a view』
a_view.jpg今井翔一/2005年/DV/6分/早稲田大

■ よくデジャヴを見ます。ある時、今見ているものが前世で見たもので、この後の後世でも見る事になっているような、そうした永遠のループの中に自分の視覚が存在しているのではと思うようになりました。何かが起きているのではなく何かが起きているように見えるだけ。そう考えると、自分の見ているものが意味を失って行くようで何か急に恐く悲しくなりました。この作品ではそうした感覚を表現するために、とても削ぎ落とした形になりました。この作品を見る事で、周りの世界に対してのそれまでの知覚や感覚をほんの少しだけずらす事が出来ればいいと思います。

『和紙の音色』
washi_no_neiro.jpg野村英司/2005年/DV/33分/ドキュメンタリー/映画美学校

■ 「友だち、親、先生しかいない生活よりはどこかに師匠と呼べるやつがいたっていい」田村正師匠が紙すきを教えるのは、保育園児から大人、高齢者、外国人と様々。一つの場所に留まって仕事をする従来の和紙職人とは異なり、師匠は積極的にいろいろな場所に和紙の魅力を伝えにいきます。「紙すきは水仕事ではなく音の仕事である」という師匠に和紙の音色を聞かせてもらいました。

『拝啓人間様』
haikei.jpg松林要樹/2004年/DV/59分/ドキュメンタリー/日本映画学校

■ ある日、男は失踪し、ホームレスになった。ホームレス社会の人間関係に嫌気がさし、再び、男は仕事を探し始めるという。仕事探しから、彼が失踪するまでを追うことによって、ある男の人生の孤独が見えてくる。

【作者より】
取材中、僕は彼の言うことを受け入れることはできなかった。人にとって共通の理解とはどういうものだろうか? 世代も価値観も違う対象者と取材者が、作品によって成立しうる共通目的のため、どこまで価値観を共にし行動できるのか? 相容れない二つの関係のセッションを見せることによって、観客にとって「自分自身の立脚点」を想像させる作品でありたいと願っている。



『neofest 2006 Jプログラム』

『マッチ売りの少女』(2006年7月16日(日)11:30〜・25日(火)19:00〜)
match.jpg赤尾俊文/2004年/DV/4分/ドキュメンタリー/映画美学校

■ このひとりの少女を撮ることで(私たちの)すべてを撮りたいと思いました。

『ちゃりんこ』
charinko.jpg林崎尚人/2005年/DV/16分/劇/早稲田芸術学校

■ 静かに人物を見つめたホームドラマだと思っている。自転車に乗る親子の姿をとりたくて、この作品を作った。

◎Kino Animage(6本)33分

『世界の終わりから』
sekai_no_owari.jpg土屋萌児

■ 去年の2月に京都に瞑想の修行をして、頭の中にできた作品。

『organic memory』
organic_memory.jpg谷岡昭宏

■ filmは、記憶する装置。この作品は、フィルムが記憶してきた様々な物質の形である。カメラを使わずfilmに焼き込む技法、レイヨグラムを用いている。

『Tea Time』
tea_time.jpg小久保幸治

■ コーヒーを飲んでる時は、誰にも邪魔されたくないですよね。

『Family album』
family_album.jpg植田智徳

■ 時が過ぎ、いつの日か思い出に変わる家族のアルバム

『DYING IMAGES』
dying_images.jpg吉野哲平

■ ノイズが混じって乱れた映像は見苦しいものだが、ノイズそのものを観るにはどうすればよいか? ノイズの速度に合わせてゆっくり再生してやればいい。ある意味、素の映像にはないゆたかさは作家の意思とはまるで無関係だ。本作は日本でアナログ放送が終了する2011年7月24日まで電波の状況に左右されながら制作される。

『m〜WN』
m-wn.jpg山下洋一郎

■ 音と色が混ざる4つのシークエンス。

『吉野葛』
yosinokuzu.jpg葛生賢/2003年/DV/58分/劇/映画美学校

■ 映画とは他人の夢を物質化することだ、とジャン=マリー・ストローブは言っています。私がこの作品で試みたのも、ファシズムが台頭しつつあった時代に谷崎潤一郎が夢みたものを物質化することだったと思います。この小さな映画が、政治状況が反動的な方向へと傾斜しつつある日本社会へのささやかな抵抗となることを作者としては願ってやみません。



『neofest 2006 Kプログラム』

『女たち』(2006年7月16日(日)13:45〜・27日(木)19:00〜)
onna_tachi.jpg佐藤央/2005年/DV/50分/劇/映画美学校

■ 振り返り、後ろを見つつも、知らない間に身体は前に流されてゆく。ゴールであるはずのそこが、始まりである物語。

『ROGO』(スペースneoバージョン)
rogo.jpg福岡典子/2003年/DV/30分/ドキュメンタリー
東京ビデオフェスティバル2004 大賞

■ 祖父が外出する為にズボンにベルトを通す。普段自分がベルトを通すのにあまり意識はいらない。きっとテレビを見ながらでも通せるだろう。しかし、祖父は一つ一つ慎重に通していく。その時間約3分。それでもベルトは捻れている。この作品は、見る人が見ればただ年老いた老人の生活に見えるかもしれない。しかし、逞しく生きる一人の老人の姿を見る事が出来ると思います。

『はらわたのはらわた』
harawata.jpg瀬戸口未来/2004年/DV/6分/京都造形芸術大

■ 卒業制作で取り組んだ。私の1作目の作品です。人間の苦しみはよりよくありたいと願う自身の理想とありのままの自身の姿との、ギャップ(虚実の狭間)にある。〜フィクション、ノンフィクションの拮抗を核に捕り溜めて来た映像音声を、解体・再構成する事により、女性達の“食べなければならない悲しみ"を描いた。

『ははのははもそのまたははもその娘も』
haha.jpg瀬戸口未来/2005年/DV/11分
イメージフォーラムフェスティバル2005 大賞
山形国際ドキュメンタリー映画際2005「私映画から見えるもの」上映

■ 卒業してから一年かけて制作した。私の2作目の作品です。心安らぎ煩わしい母の腕の中、もがき続けた私は、母と決別する為、母を探しに出掛けた。私の帰る場所へと。〜13年前に死んだ母は、余りに朧(おぼろ)で、途方に暮れた私は、人々の母親のパーツ(映像・音声素材)を譲り受け再構成する事により、母を作り出し対峙しようとしたのだった。



『neofest 2006 Lプログラム』

◎対案映像文化発展所セレクション(韓国・7本)65分

テアン映像文化発展所 アイゴン
テアン映像文化発展所アイゴンは韓国内で主に女性、マイノリティー、非主流の視点から新しい映像芸術、ボーダレス、脱ジャンル化された映像芸術を議題化し、実践する文化団体です。
新しい映像コードを紹介し、重要なテーマとして研究し、その下地となる多様な映像文化を企画し、国内の画一化された芸術のジャンルに対する視点をより広くより深く捉えなおすための活動を展開しています。
ビデオ、ポエム、レイブ映像、ポスター、ドキュメント、デジタルビデオアート、デジタルビデオダイアリー、メディアアート等を紹介してきた「アーカイブ企画展」、女性主義のビデオ活動家を紹介する「フェミニズムビデオアクティビスト」、実験精神を標榜する「ソウルニューメディアフェスティバル」、その他にも学術講座や出版物を通して斬新な実践と研究を目指しています。

『メトロノーム』(2006年7月7日(金)19:00〜・16日(日)16:00〜)
metronome.jpgチェ・ソンウ/2004年/DV/8分

■ ピアノ以外、世の中のすべてのものにまったく関心がなかったA。彼女はSに出会い一緒に暮らし愛することを知るが、しばらくすると彼女は去り、Aはひとり残される。世の中とSを唯一つなげる通路だったピアノだけが残された練習室。すべては彼女の欲望だった。

『SVA』
キム・ヴョンギュ/2004年/DV/8分

■ 『SVA』は約30枚のスチールイメージと2秒のビデオフッテージで作られた3D空間と言える。

『Playing』
playing_on_the_ground.jpgピョン・クミョン/ 2005年/DV/2分

■ この作品で表現されているイメージは、見慣れているはずなのにどこか風変わりに感じられる黄昏どき、長くなる“私”の影として代弁させている。太陽に背を向け立っている“私”の影が大地に長く広がる時、それは何かを求める巨人の姿として出現するのだ。小さな音波は水面の上と下をひとつにつなげる糸口になる。水の中で手をふる“私”を新しい空間に導く微動として作用しているのだ。これは新しい世界への扉、無限な想像力の世界への進入を意味する。想像の中で“私”は巨人の女神のように、高い空と果てしなく広い海または大地に変化することができるのだ。

『ソンス駅』
イ・スンジュン/2004年/DV/6分

■ 乗換駅のソンス駅で電車を乗り換える市民たちの姿を時間と空間の組み換えを通して見せている。生活の中で過去と現在の混在を通して日常とは違う内在する時空間の意味を新たに表現している。

『エステティカ002』
estetica_2002.jpgソン・ジュミョン/2004年/DV/6分

■ “エステティカ”は“感性”の鳥である。人間が持っている“テイスト”で感じられる感性を意味する。ソン・ジュミョンはこのようにメッセージをストーリ的なナレーティブではない“感性”のメッセージとしての伝達力を持っている。エスティカ002はモーション・グラフィック・アニメーションとして、厳しい逆境を乗り越え、新しい芽を育む大自然を素材に構成された7分程度のフレームのなかの小宇宙である。観客は作品を見る間、美的な楽しさに緊張感をゆるめることができないはずであり、一人一人が夢見る大自然の幻想的な旅行を提供する。派手なエレクトニックサウンド、映像効果が氾濫する今、主流であるモーショングラフィックからヘビテンド(ソン・ジュミョン/パク・ジュンソン/イ・ウニョンなどで構成されたプロジェクトチーム)は一歩距離を置き、決して派手とはいえないが、美しいイメージ、刺激的ではない程度の強いサウンドで映像言語を構成する。

『TAKE VILLE』
キム・ドンミョン/2004年/DV/28分

■ 『TAKE VILLE』はフイルムでの反覆的なイメージの反覆的テキスト化はすでに悪い客体のそれにすぎない。だとすれば無意味な反覆だけが残された今、期待できるものはなにか?

『Styroforme Head』
キム・ヒョンジュ/2005年/DV/6分

■ ビデオパフォーマンス『Styrofome Head』は、ある女がStyrofomeの頭の上に『質問』という単語を書くことから始まるのだが、自己の存在感と実在性(あるいは真実)に関するものである。重量感を失わない存在感、自我という単語はまさしくStyrofomeの特性のように、時に軽く、薄っぺらくもある。軽く押されてもすぐに崩れて痕が残り、崩壊してしまう軽さのせいである。自分の存在をアピールするため、自ら自分の頭を壊す重い行為の後に残るものは、結局壊れたStyrofome聴覚の軽さである。

『つぶつぶのひび』
tubutubu.jpg大木千恵子/2004年/DV/20分
東京ビデオフェスティバル2005 大賞

■ 時給850円で、1分間に120個、1日60万個作られる納豆工場でのバイト。上空を行き交う飛行機に現実逃避する毎日。風俗嬢になった友達との再会、パイロットとの出会いをきっかけに、私は自分の足元を再確認する。

『跡の旋律』
atono_senritsu.jpg永田純・宮村なな/2006年/DV/30分/ドキュメンタリー/東京造形大

■ 山取りの盆栽には、木が経験してきた厳しさが白く刻まれている。跡は、積み重ねられ成長する「生きる死」だ。



『neofest 2006 Mプログラム』

『どこかの誰か』(2006年7月17日(月・海の日)11:30〜・24日(月)21:00〜)
dokoka_no_dareka.jpg川部良太+風澤優介+藤野史/2003年/DV/22分/東京造形大
東京ビデオフェスティバル2004 入選

■ 無作為に選んだ100の新聞記事から100の顔写真を切り抜き1枚に合成する。政治家も強盗もスポーツ選手も放火魔も一緒くたになった1人の人物像「平均の人」。100の新聞記事から100の地名を抜き出し経度と緯度を用いて平均値を割り出す。誘拐、殺人、祭り、火事、示された1つの地「平均の場所」。「平均の場所」で「平均の人」を探す。あなたはこの人を知っていますか?

『センツァラヴァッツア』
centsa.jpg橋詰和幸/DV/19分/映画美学校
『ある日の朝に』
池田千尋/2005年/DV/27分/東京芸大大学院

■ 戦時下の日常というテーマのもと制作。戦時下の家族の一つの形=疑似家族、一人の少年の目を通して、そんな家族に起こったある日の朝の出来事を描いた。ある日の朝、疑似家族のもとに突然現れた本当の父親。少年が選ぶのは、疑似家族か、それとも本当の父親なのか。大切なのは血の繋がりではない、そこで共に生きているという事実だ。主人公である4才の少年の新鮮な芝居が見所。

『岩淵の墓』
監督:池田千尋/脚本:鈴木宏/2005年/HDV/40分/東京芸大大学院

■ 退屈で何の変哲もない日々、何もすることのない夏休み。ある3人の少年が、一人の得体の知れない男に出会ったことから、不可思議な世界に紛れ込んで行く。生きることに実感の持てない現代の少年たちが、人の死を知り、友情を知り、自らの目的を初めて掴んだ時、その顔に見えるものを映したかった。淡々としたストーリー展開の末訪れる最後の場所での少年の顔を見て欲しい。



『neofest 2006 Nプログラム』

『life』
life.jpg池上聡子/DV/5分/京都造形芸術大

■ life ― 人生、生涯、生活、命。私達は生きる為に活動している。生活の中で私が存在する点、とらえようとすると一体何処にいるのかわからなくなってくる。ただ、その点を行き来する感覚だけは妙にリアルだ。様々なフレームの重複の中に、あやふやな奥行きの空間に立っている感覚がある。

『温もり』
nukumori.jpg内田伸輝/2005年/DV/30分/ドキュメンタリー
TAMA短編映画祭2005 招待上映

■ 景子からハガキが届いた。彼女は、『T展』と言うテキスタイルデザインの展覧会を開催する様だ。僕は、久々に景子と連絡を取り、彼女と、彼女の作品を撮影することになった。久しぶりに二人で色々な話しをしたり、お酒を飲んだり、撮影と言う制約がありながらも、僕は、何だか懐かしくて、嬉しかった。しかし、何故僕は、今になって景子を撮るのだろう? 七年付き合って、結婚も考えていたが、結局別れてしまった彼女…。僕はまだ、景子に未練があるのだろうか? そして、僕達の距離は、あの時とどう変わったのだろうか? 別れた彼女と僕との距離を探る、ドキュメンタリー作品。

【作者より】
この作品は、別れた彼女と僕(作者)との関係と、距離感を探るドキュメンタリー作品です。過去に撲等は7年間付き合い、結婚も考えていました。その時は、お互い、恋人同士の距離感だったのが、別れてからは、友達としての距離感になりました。恋人同士の温もりが、友達同士の温もりを感じているのです。そんな、微妙な関係の温もりを感じ取ってくれれば幸いです。

『*@17』
seventeen.jpg野本大/2004年/DV/29分/ドキュメンタリー/日本映画学校

■ いじめが原因で高校を中退した林智子(17)は、自傷行為をするようになる。いじめ、友人の安達和美(17)が繰り返す自殺未遂、智子は目の前にある問題に立ち向かっていく。智子と和美、二人の関係がゆっくりと変化をしようとしている。

『リンゴの皮がむけるまで』
ringo.jpg加藤直輝/2005年/DV/43分/劇/東京芸大大学院

■ 偶然出会ってしまった3人とそれぞれの鬼退治。



『neofest 2006 Oプログラム』

『ハルの庭』(2006年7月17日(月・海の日)16:00〜・21日(金)21:00〜)
haru_no_niwa.jpg山本菜生/DV/5分/アニメーション

■ 実在する私の祖母とその祖母の庭をモデルにしたアニメーションです。フィクションとノンフィクションを意識せずに作った作品です。

『HMV? His Master's Video』
HMV01.jpg清水浩之/2005年/DV/6分

■ 私たち日本人のホームビデオとの深い関係を、あるご一家をモデルケースに考察してみましょう。

『一緒ネ!』
issyo_ne.jpg名執たいすけ/2006年/DV/45分/ドキュメンタリー

■ ゲイのパートナー同士である二人。二人は選挙の際に立候補予定者へゲイに対する意識調査アンケートを行っています。

『笑ってあげる』
waratte_ageru.jpg小沢和史/2000年/DV(原版16ミリ)/48分/ドキュメンタリー/多摩美術大学

■ 3年前に手首を切って自殺未遂をはかった大学時代の友人・小幡を僕(監督)が訪ね、彼が暮らす山梨に出向いて撮影した数日間のドキュメンタリー。

【作者より】
自殺自体に強い嫌悪感を持つ“僕”にとって、小幡は甘えという薄っぺらなガウンをまとった裸の王様で、強気で責めればすぐに落ちるはずだった。しかし小幡の周囲は、彼がこれまでにつくってきた“小幡の物語”で都合良く何重にも固められ、思わぬ悪戦苦闘を強いられる。僕が感じた苛立ちは、小幡に対してではなく、当初の自分のもくろみが狂ったことだったのである。そしてそれを見抜いたのは他ならぬ小幡だったのだが、その指摘をどう受け止めるか、その一瞬の反応で、実は僕がドキュメンタリーの撮り手としてふさわしいか否かが問われた。さて、その答えは?



『neofest 2006 Pプログラム』

『還暦野球』(2006年7月7日(金)21:00〜・22日(土)11:30〜)
kanreki.jpg金森誠/2005年/DV/30分/ドキュメンタリー/慶応大学
2005年度秋学期優秀卒業制作作品
Tartan Road Film Festival正式出品作品

■ 60歳以上の還暦野球チーム “湘南ドリームズ” には、71歳のエースピッチャー、直向なスコアラーといったさまざまなバックグラウンドを持つ人々が所属している。60年以上もの間多様な人生を歩んできた選手達の、時に病気や老いといった問題を抱えながらも、野球をすることに生き甲斐を見出している姿を見つめたドキュメンタリー。

『春雨ワンダフル』
harusame_wonderful.jpg青山あゆみ/2003年/DV/36分/劇/映画美学校
2004年京都学生映画祭 準グランプリ
みちのく国際ミステリー映画祭角川オフシアターコンペティション グランプリ

■ ある日突然死ぬ病を抱えた男・春雨ハルオは食堂で黙々とソバを打つ日々を送っていた。そんな春の日にハルオの嫁が謎の家出をする。彼はその寂しさを埋める為、食堂に置き去りにされた幼い娘、ビワコを育て始める。十年後、年頃になったビワコは密かにハルオに恋をする。そんな夏の日、ハルオは突如ビワコに求婚し、彼女は戸惑いながらもハルオを受け入れる。2人の心は徐々にすれ違っていく。

『新宿中央公園』
sinjuku.jpg西原孝至/2005年/DV/42分/早稲田大学

■ 東京都は、公園でテント生活をするホームレスが地域生活へ移行する事を支援する「地域生活支援事業」を2004年6月に開始した。2004年10月から半年間、この公園における“人の流れ”“自然の移り変わり”を記録した作品。



『neofest 2006 Qプログラム』

『Hansen's Disease in China』(2006年7月10日(月)19:00〜・22日(土)13:45〜)
hansen.jpg久保田麻衣子/2004年/DV/16分/ドキュメンタリー/早稲田大学

■ これは中国のハンセン病元療養所を訪ねた時の記録です。映像編集について右も左も分からない上、話しかけられたらカメラに構わず話し、撮りたいものは撮ることをしていました。その結果、ホームビデオのようなテイストになり、撮ったテープは20時間強。ハンセン病だなんだという前に、「ただの爺ちゃん婆ちゃんじゃないか」と思わせたく記録しました。私が目撃したものの記録。

『風ノ舞ヒ』
kaze_no_mai.jpg久保田麻衣子/2006年/DV/10分/アニメーション

■ 映画『風の舞』を観たときにこの作品を思いつき、私はハンセン病にどっぷり浸かりました。ハンセン病療養所のコミュニティに入るには外在的な壁をまずは内在化しなければならない。その結果、外在的な壁が消滅しても内在の壁は存在し続ける。ハンセン病患者が壁を内在化させる上の五感に注目した作品です。

『家族のいる景色』
kazoku.jpg川部良太/2006年/DV/53分/東京造形大

■ 一年前のある日、公園まで絵を描きに行った母が突然行方不明になった。残された父と自分の間を過ぎてゆく日々。それは“どこか”に行った母と“ここ”に残された者との記憶の間に生まれる景色でもある。

『底無』
sokonasi.jpg小嶋健作/2006年/DV(原版16ミリ)/31分/劇/映画美学校

■ 塾講師の田辺は、平山という生徒がイジメを受けているのではないかと疑う。平山が隠し持っていたナイフを偶然手に入れた田辺は、事の真相を確かめるため平山の家に行く。だが平山は平然と田辺にナイフを譲ると言う。



『neofest 2006 Rプログラム』

『self portrait』(2006年7月11日(火)19:00〜・22日(土)16:00〜)
self_portrait.jpg萩原翔/DV/16分/武蔵野美大

■ この作品の中では、異なる3人の時間軸が同じ流れの中で交差していきます。観察する者。観察される者。その二人を更に観察するもの。しかしその関係は、映像のモンタージュの中で次第に狂っていきます。ご覧になられる方には是非、この作品の中に潜む「絶対的矛盾」を発見して頂きたいと思います。

『silent__movie』
silent_movie.jpg清水信貴/2005年/DV/7分/映画美学校

■ サイレント映画が静かだった例しはない、そこには紛れもなく音が溢れている。ということにしてみる。すると、あら不思議。音が聞こえてくるではありませんか。列車の到着する音。轟く銃声。とてもにぎやかだ。

『危険な遠足』
渡辺裕子(監督)・飯岡幸子(撮影)/DV/37分/東京芸大大学院

■ 2006年5月。日本は改憲し戦争のできる国になった。自衛隊は防衛軍と名称を変え、今月改憲後初めて海外へ出撃した。テロリストは地下鉄や鉄道など交通機関に対し「テロの対象になっている」と声明を出し、人々をいたずらに怯えさせていた。実際はまだ死者の出るような事件は起こっていなかった。
そんな日本の状況下、都心で働いているサラリーマン幸雄の日常のお話。徒歩帰宅する訓練で並んで歩く人人。

『惑星ブーケ』
wakusei_bouquet.jpg渡辺裕子(監督)・和田清人(脚本)・久保田智(撮影)・竹内郁恵(美術)/DV/43分/東京芸大大学院

■ 人間の美しい女性の姿をした地球外生物ミーコと、コンビニで働くごく普通の青年ナルトシのラブストーリー。
ナルトシは名前も住所も分からないという女の面倒を見ることになった。ミーコと名付けたその女はそうめんしか食べられなかった。しかしナルトシに片思いしている松野のせいで町中のそうめんがなくなりミーコはひん死の状態に。どうにかしてミーコを救いたいナルトシに謎の警察官がミーコの正体とその使命を告白する。



『neofest 2006 Sプログラム』

◎「憲法万華鏡」ビデオアクト(日本、14本)2005年/DV/48分

『うだうだと』(2006年7月10日(月)21:00〜・23日(日)11:30〜)
uda_uda.jpg本田孝義
『憲法9条今こそ旬』
9jo.jpg佐々木健 & 太田Doko
『われたツメ』
wareta_tsume.jpg土屋トカチ
『不可視のオイディプス王』
fukasi_no_oedipus.jpg齋藤茂樹 + 杉本健太郎
『伊東君徴兵されるの巻』
ito_kun.jpg忍者ハッタリ君
『紛争予防にGPPACと憲法9条』
funso_bosi.jpgGPPAC JAPAN/高部優子
『あいまいな条文に喝! 20条を国民はどう考えるか』
aimai.jpg駒崎絵美
『映画 日本国憲法』
constitution.jpgシグロ
『紅葉と梅といのししと桜』
kouyou.jpg池尾夢矢
『レギュラー3本』
regular.jpg清水浩之
『もしも、私が、天皇だったら』
tennou.jpg土屋豊
『統合・失調』
togo_shittyou.jpg岡澤崇
『信教の自由とヤスクニ〜あんにょん・サヨナラ予告編』
yasukuni.jpg加藤久美子
『最後のよりどころ』
saigo_no_yoridokoro.jpg小林アツシ
『放浪数え唄☆作詩作曲福永幸平』
hourou_kazoeuta.jpg長沢茂和/2005年/DV/72分

■ 自分が観たかった映画。例えば映画からあたり前と思っている文法をとっぱらったらどんな事になるのか? 何でドキュメンタリーだからって字幕やナレーションがいるの? 全部無しナシ! でもどうやれば人の心をなぞれるか、そして空間をいかに再生できるか? どんなんできるか、ためしに一発やってみよう!! と実験してみました。ついでに全部打ち合わせなしリハなしぶっつけです。ひどい撮影もありますが、歌や音楽でつながるもの(人間以外も)や人に会う楽しさが感じていただければ幸いです。



『neofest 2006 Tプログラム』

『街角の花売り娘』(2006年7月11日(火)21:00〜・23日(日)13:45〜)
machikado.jpg藤原貴子/2001年/DV/32分

■ インドの大都市ボンベイで、私は路上で花を売って暮らす家族に出会った。彼らはインド女性のおしゃれであるジャスミンの髪飾りを編んで売っている。花を編むのは十代の三姉妹。映画の歌や踊りが大好きなおませな少女たちだ。それに末っ子のわんぱく少年をあわせた6人家族と共に毎日を過ごすようになった私は、カメラを通して次第に彼らとの心の交流を深めていく。

『鉄道沿いの生活』
tetsudou.jpg藤原貴子/2001年/DV/21分

■ インド中の富を集める大都市ボンベイには、多くの貧しい人々が生きる糧を求めて集まってくる。そして市の郊外には何十年にも渡っておびただしい数のスラムが作られてきた。私はそのうちの一つ、ローカル線路沿いに建てられたスラムを訪れた。電車が通るすぐ側で、彼らは狭い敷地を分け合ってひしめくように生活していた。

『トレインシンガー』
trainsinger.jpg藤原貴子/2001年/DV/15分

■ インドの大都市ボンベイ(ムンバイ)のローカル線の駅で、私は電車の中で歌を歌って日銭を稼ぐ兄妹に出会った。彼らは朝から晩まで電車に乗り、手持ちのオルガンを伴奏に人気映画のラブソングを乗客に歌って聞かせる。子供とは思えない張りのある歌声に、乗客たちは次々と少年たちの手に小銭を渡していく。

【作者より】
私はインドの経済発展の要である大都市ボンベイ(ムンバイ)に赴き、そこで社会の底辺で生きている人たちに興味を引かれ、カメラを向けました。私が彼らの中に見出したものは、貧しい環境にあってもしたたかに生き抜く力強さと、笑顔を絶やさない心の豊かさでした。それらを失いつつある日本の人々へ向けて彼らの生きる姿を発信し、我々がそれらを取り戻せるようにと願い、応募しました。

『オイディプス王/ク・ナウカ』
oedipus.jpg飯岡幸子/2000年/DV/30分/ドキュメンタリー/映画美学校
2000年「アートドキュメンタリー映画祭」参加

■ 1997年6月に目白・旧細川侯爵邸で上演された三島由紀夫の『熱帯樹』を観て以来、飯岡はク・ナウカの公演に足を運ぶようになった。今年、ク・ナウカが富山県利賀村の野外劇場でギリシャ悲劇『オイディプス』を上演するということで、利賀村に同して稽古を撮影させて欲しいと申し出た。



『neofest 2006 Uプログラム』

◎韓国実験映画セレクション(14本)89分

『初めての外出を扱う二番目の章』Chapter Two Which Treats of the First…
(2006年7月12日(水)19:00〜・29日(土)11:30〜)
ホ・ギヨン/2004年/DV(原版16ミリ)/15分

■ この作業は個人の幼いころの記憶の断片を加工して作った私的フィクションである。
1人称と3人称の話者は、他の都市―空間の記録を、実際の記憶と加工された記憶を並べて物語る。現在のイメージを加工する作業過程を通して、私たちが過去のイメージを記憶して綴っていく方式の再現を試してみたかったのだ。

『宇宙空虚』
キム・スクキョン、カァク・オニョン/2005年/DV/9分

■ 恋人と別れた男が家を出て街を歩き、約束の場所に行き着く。その道全体を描くのではなく、設定した3ヶ所だけを描く。なぜならこの簡単な構造の中で重要なのは、男の感情変化とラカンの3階を描くことが中心であるためなのだ。その3ヶ所の場所は静かで、止まってしまった記憶のようなホンウン洞と妙な気分にさせるホンウン洞、その路地を抜けると、狂ったエリスみたいな新村のある路地、出会いの場所であり、いつもにぎやかなへファ洞4番出口なのである。

『痕跡を残す』Leave Traces
ユ・ジスク/2005年/DV/7分

■ カンボジアのアンコールワット、その中のタフロン寺院・・・。
その中の、時間の流れに沿った変化を描いてみたかった。
早朝、自然の痕跡。
掃除する人たち。
そして数十年間も無報酬で掃除する老人・・・。
そして自分を残すために写真を撮る人々・・・。
オーバーラップを利用してそんな様子を描いてみた。

『ノーカット』
イ・ジフン/2005年/DV/2分

■ 物事はたとえそう見えなくても、同じ時空間に存在する。

『別れ』Auid Lang Syne
キム・ヨンウン/2005年/DV/3分

■ 水が沸くやかんのピーという音(B)、電話のベルの音(E)、現金自動支払機のボタンの音(D)などが合わさり、スコットランドの民謡、“Auld Lang Syne”を演奏する。
私たちには“別れ”の歌で(長い間一緒に過ごした友よ)知られているこの歌は、別れの時に一緒に歌う代表的な歌だ。
日常のささいな騒音が集まりこの歌を演奏することによって、“日常に対する愛憎”の郷愁感じてもらえれば幸いである。
1つずつじっくり観察すれば、いかにささいなことでも愛しく感じられ、それぞれに音とリズムと位置があることが驚異的でもあり、生きていればその全てに対するうっとうしさが愛情と同じぐらいであることに気づかされる。私にとってこの作業は“いつまでもそばに置いておきたいけど、もうそろそろ離れてほしい”と叫ぶ、矛盾する呪文のようだった。
また、聞きなれた歌をはじめて聞く歌のように感じたり、見慣れた場面を新鮮な視線で再発見できるという可能性を試してみたかった。

『潜在的悲しみ』
キム・シホン/2005年/Digi-Beta/4分

■ 動く会話 #7:抽象と具象の、同等な共存のための実験的アニメーション

『離別』Seperation
イ・ホンジェ/2004年/DV/7分

■ 匂いが記憶の喚起装置になりえるように、声もまた記憶の喚起装置としての役割を果せると思う。空間とサウンドを通して離別の過程を表現しようとした。

『孤立』Isolation
キム・ヒョナ/2005年/DV/2分

■ 文字と音の分離、断絶を通して恋愛をする一人の女性の心を描こうとした。 文字と音、この二つが彼女の日記である。彼女はもしかすると、愛する人に対しても断絶的な行為をするかもしれない。

『太陽と月』The Sun and The Moon
パク・ヨンソク/2004年/DV/16分

■ ある日、人々が集まっている場所でふと“太陽と月の話は結局どうなったっけ?”という質問をなげてみたら、答える人により全部違う話が返ってきました。“太陽と月”になぜか“ジャックと豆の木”、“赤いマント”などの童話が混ざったり、一部分だけを記憶していて、ホラーとか、逆に家族愛が込められた心あたたまる物語になったりしました。またまったく新しい話も飛び出ました。私はそんな状況の中で、誰もが知っているけど、また違うオリジナルな物語に出会いました。原作がどうであるかはさほど大切ではありません。民潭とはその時代によって変わり、新たに創造され、それが今日の生き様を反映しているものなのです。

『チャイナタウンに対する主観的記録』Subjective Documentary about Chinatown
イム・コウン/2005年/DV/3分40秒

■ 韓国のチャイナタウンで韓国人の私は異邦人として存在する。そのため密集した街でチャイナタウンを記録しようとした私の計画はほとんど不可能だった。結局カメラの眼を借りて記録した表面的なチャイナタウンのイメージと、メディアを通して見た断片的な情報が、私がチャイナタウンに接近したもののすべてだった。この作品は解体されたニュース報道の権威的なナレーションと断片的に繰り返されるイメージの結合が投げかける情報のように表面的な接近しか出来なかった私の主観的記録である。

『2005.1砂の川の水』2005.1 Sandy River Water
チョン・ジェフン/2005年/DV/6分(サイレント)

■ 絵でだけ、目でだけで、そして目の動き。

『FCP―ランニング』FCP-Running
ソン・キウォン/2003年/DV/2分

■ 私は絶えず自分に向かって走り、自分にバトンを渡し
私は絶えず新しく咲いては散り
私は絶えず向かい合う自分を押して押され
今日も私は走って、咲いては散り、押しては押されている。
人生の日常から抜け出すことを願い・・・
仮想空間での私は無数に存在するたくさんの私、無数に多いプレイヤーになり、終わりのない、そして繰り返されるゲームの中にいる。

『部屋』The Chamber
ユ・ソキョン/2005年/DV/5分

■ 誰もいない部屋にノックの音とともにサラリーマン風の老いた男がひとり入ってくる。
男は誰もいない部屋で模型の小さな家をみつけ、好奇心のままに手を入れてみたら、そこにもう一つの通路があることに気付く。
『The Chamber』は外部と遮断された閉鎖的な部屋に対して、外部と疎通し、お互いが同一線上でつながっていることを見せくれる。物体が空のように拡張し、空間が物体に回帰する現象を通して男は二つの次元に対して新しい経験をすることになる。

『アイアム グラウンド、自己紹介―壁紙、黒板、フイルム』
イ・セオク/2004年/DV/7分

■ 『アイアム グラウンド』は絵と実写の間、フィクションと現実の間、過去と現在の間、自我と他者との間を柔軟に通過する遊びといえる。迷子たちは壁に絵を書き、黒板に落書きをして、写真マニアの同人になる経験をためらいなく話しながら自己紹介をする。さらに壁や黒板、フイルムまでもが自分の様々な姿をさらけ出し自己紹介をする。
私に、物語を披露し、それを見る過程は、私と他人との間の境界を横切り、楽しくコミュニケーションする過程なのだ。その中で、自らにあるいはお互いの中に埋もれている決して浅くない傷を発見し、その傷が治れば良いと思うのである。
特に映像の領域の中では、その混合性を活かして抽象的アイディアを具体的に映像化することができるし、ビデオという媒体を通して個人的な次元の物語を近い距離の中で語りかけることができると考える。

『バオバブのけじめ』
baobab.jpg松浦博直/DV(原版16ミリ)/34分/劇/映画美学校

■ 大学生の和夫は東京で一人暮らし、そこに高校生の弟・洋と父・政義が田舎からやってきた。失踪した和夫たちの母親を探すためだ。三人は神奈川の海岸沿いに向かうが、叔父の目撃談だけで他にたいした手掛かりもなく、政義は息子たちの将来のことでくどくど喋ってばかり。そんな政義に対していちいち反抗的な態度をとる洋。とうの昔にいなくなった、思い出したくもない過去の存在になっている母親の捜索に、和男はとまどいを隠せない。



『neofest 2006 Vプログラム』

『out of our tree』(2006年7月13日(木)19:00〜・29日(土)13:45〜)
out_of_our_tree.jpg中矢名男人/2005年/DV(原版16ミリ)/30分/劇/映画美学校

■ 孤独な男の子、彼を殺そうとする母親、催眠術に囚われた少女、ヒロインを探す二人の映画青年、そして彼らを監視する謎の男…互いに互いを探し、互いに互いを見失いながら、彼らは光の中をさまよっていく。

『さらば地球―ADIEU TERRE―』
大門未希生/DV/40分/東京芸大大学院

■ 幸子は夫とのちいさな幸せを噛みしめて生きてきた。ある日、幸子の予知能力を利用しようとする集団が表れ二人の生活は壊される。

『夏休み』
大門未希生/DV/40分/東京芸大大学院

■ 父の再婚に戸惑う姉弟は実家を出る事を決めた。弟の拓也は母の形見の指輪を川に放り投げる。その行動が理解出来ない姉は一方的に叱りつけてしまう。落ち込む拓也であったが、しかし千波という少女と出会い、緩やかに世界は変わって行く。ある夏休みの小さな恋の物語。



『neofest 2006 Wプログラム』

『ちえみちゃんとこっくんぱっちょ』(2006年7月14日(金)21:00〜・29日(土)16:00〜)
kokkun_pacho.jpg横濱聡子/2005年/DV/50分/劇/映画美学校
CO2フィルムフェスティバルオープンコンペ部門 最優秀賞
ドイツ・ニッポン・コネクション・シネマ・フェスティバル 招待上映

■ スタッフと、青森の人々の努力の賜物です。青森の女の話です。

『雑草』
zassou.jpg鈴木美智子/2006年/DV/アニメーション/3分

■ 脳内に芽生える不安感情という雑草を、点描のモノクロアニメーションであらわしました。

『カロパスカ』
karopasuka.jpg中根幸子/2005年/DV/43分/劇/早稲田芸術学校
横浜学生映画祭2005にて上映

■ ギリシャ、カリムノス島に住む親子は、復活祭の夜に起きた事故を境に不運にも事件に巻き込まれていく。父と息子の姿を、島の情景や伝統を織り交ぜながら描いた物語です。単身で島に渡り、ゼロから人間関係を築き、島民の協力と友情に支えられて奇跡的に完成した処女作です。



『neofest 2006 Xプログラム』

『ますさんのかぼちゃ』(2006年7月12日(水)21:00〜・30日(日)11:30〜)
masu_sanno_kabocha.jpg脇山美伸/2004年/DV/16分/ドキュメンタリー
チネマ・コルトinブラ2004 スローフード・オン・ドック部門上映
IFCTフェスティバル 2005年ニューヨーク 上映

■ 私にとってこの映画は、「松戸の映画」だと思う。私を育てた松戸の音や空気が、ますさんと共に15分に凝縮されると、(ここの空気と随分違うせいか)はっきりと松戸がよみがえるのを感じる。西洋のある人々にとってはゆっくりで静かすぎ、それでもある人々は確実に何かを発見するらしい。これを見て「自分も映画が作れるんじゃないかと思った」とある人が言ったけど、それは大きな褒め言葉であると私は思った。

『神よ! 神よ! 滅びを告げよ!』
kamiyo_kamiyo.jpg氏原大/2006年/DV/42分/劇/映画美学校

■ 再びキリストを蘇らせ、影から世界を意のままにしようとする悪の支配者。しかし第三のキリストは支配者に反旗を翻す。あっさりと世界の破滅を描き切った怪作。

『地下の日だまり』
chika_no_hidamari.jpg小沢和史/2006年/DV/60分

■ 旅するブルースミュージシャン、AZUMIを追ったロードムービー。ライブ本数年間記録保持者であるアズミのライブ巡り〜神戸でのレコーディング〜大阪「春一番」の出演〜トランペット奏者・沖至氏とのフランス・ツアー〜来日したジョン・ハモンド氏のオープニングアクト〜、半年間、ネズミのようにあちらこちらへと駈け回って制作した作品。



『neofest 2006 Yプログラム』

『羽包む』(2006年7月13日(木)21:00〜・30日(日)13:45〜)
hagukumu.jpg中井佐和子/2005年/DV/20分/ドキュメンタリー
東京ビデオフェスティバル2006 大賞

■ 「羽包む」とは、親鳥がその羽で雛をかばい守り、なでいつくしみ、育てる姿です。女子高生から母親になった「なべっち」が息子の「たいちゃん」と過ごす毎日。笑って楽しく生きる二人から、命の力、生きる力、羽包む力を感じてください。

『愛の星』
酒井耕/2005年/DV/46分/東京芸大大学院

■ 14歳の女子中学生、キオミは恋や友情、憧れなどいろいろな感情の中で揺れ動きながら、それらを強く望むあまり逆にそれらを失っていってしまう。傷つきながら成長していく少女のひと夏の物語。

『花のこえ』
hana_no_koe.jpg太田綾花/2005年/DV/41分/ドキュメンタリー/武蔵野美大
第25回「地方の時代」映像祭 市民部門奨励賞
かわさきデジタルショートフィルムフェスティバル2005協賛企業賞

■ 静岡県・伊豆北部。豊かな自然に囲まれた高原(タカハラ)分校は、全学年6人しかいない小さな分校。閉校になるまでの豊かな日々を、9才の少女アヤカの視点を通して描かれる。花や風と遊んだ記憶の記録。



『neofest 2006 Zプログラム』

『森のくまさん』(2006年7月14日(金)19:00〜・30日(日)16:00〜)
mori_no_kumasan.jpg千浦僚/2005年/DV(原版8ミリ)/10分/劇/映画美学校

■ 映画で遊ぶ、なんてことをいまさらやってみたくらいのもの。いまだにサイレント映画の時代に生きてます。8ミリカメラをもって、女の子を誘って、遊園地にいって、シナリオもなく、一日だけで撮りました。画面が、出演者たちそのものの美しさにちょっと届いてないのが申し訳ない。眼が疲れる映像になったのも申し訳ない。こんなのだったら、もっといいの撮れるわい、と観たひとに思いつかせる効用あり。

『脱線事故から1年〜それぞれの想い〜』
dassen.jpg坂根真理/2006年/DV/20分/ドキュメンタリー/同志社大学

■ 脱線事故から一年ということで、被害にあった同志社大学生を取材した。“事故を風化させない”もはやこの言葉にどれほど重みがあるのだろうか。言葉のイメージを外して、同志社生が同じ同志社生の声をどう切り取ったか感じてほしい。

『(形而上の)ちいさなひこうきにのって』
chiisana_hikouki.jpg寺田燿児/2006年/DV/36分/京都造形芸術大

■ 生物にとって死という地への旅は絶対的で、若者にとって旅に出ることは自分自身の死を確認すること。ひこうきはそのシンボルとして。カメラはすべてを捕獲する(所有欲を充足させるための)機械で、映像表現は文脈(視覚的リズム)で語られるべきもの。僕の父親への視点がありつつも、登場人物にそれを託すようで、託しきってはいない。周囲を撮り中心を浮きぼりにしていく、いわば、すべては照れ隠しの様なもの。

『とどまるか なくなるか』
todomareru_ka.jpg瀬田なつき/DV/36分/劇/映画美学校

■ 1995年初夏。主人公の小川里佳は都内に住む中学生。ある日、家に帰ると兄は部屋からいなくなっていた。数ヶ月後、父のペルーへの転勤が決まる。さらに、母は疲労のため病院に入院することになる。「家」に充満する家族の記憶と習慣はだんだん薄れていく。加速しながらねじれていく日常。閉じていく「家」。里佳の夏は静かに過ぎていく。



『neofest 2006 ZZプログラム』

『帰郷 ―小川紳介と過ごした日々―』(2006年7月8日(土)18:00〜・23日(日)18:30〜)
kikyo.jpg大澤未来・岡本和樹/2005年/DV + 8ミリ/48分/ドキュメンタリー/映画美学校(一部8ミリ上映)

■ 山形県上山市にある小さな部落、牧野村。かつてこの村に、映画制作集団小川プロダクションが約20年にわたり住み着き、稲を育て、共同生活をしながら映画を制作した。長年、助監督として小川プロを支えた飯塚俊男さんにとって、小川プロでの生活、監督小川紳介と過ごした日々は何であったのか。村人にとって、小川プロは何であったのか。一人一人の心に残る小川プロの幻影。思い出を語る人々の姿から、現在の人々の生を記録する。

『東京湾岸』
toukyou_wangan.jpg岩本勝/2005年/8ミリ/30分(8ミリ上映)

■ ふとしたきっかけで、東京湾岸とは極東の地の果てであると同時に大洋の西の果てでもあるという妄想にかられ、東京湾岸の風景の中に世界の果てを求めて彷徨し、その印象を自家現像8ミリフィルムで表現した作品。



『neofest 2006 EXプログラム』

『浜松ブッツン地図』(2006年7月8日(土) 19:30〜)
山崎幹夫(8ミリ映像作家)/1986年/25分/未公開

■ 「1986年に上映会ゲストとして浜松に呼ばれた時に撮影したもの。平野勝之の『狂った触角』『砂山銀座』『人間 らっこ対かっぱ』に登場した場所や人やにわとりを撮っている」。

『谷川俊太郎とのビデオレター』(2006年7月15日(土) 18:00〜)
tanikawa.jpg土屋豊(映画監督)/1987〜1988年/21分

■ 「約20年前、詩人の谷川俊太郎さんとビデオレターの交換が出来るというワークショップがありました。しかも受講料はタダ。「自分探し」で悶々としていた私はすぐ飛びつき、そこで生まれて初めてビデオカメラを触りました。今回は、その時の映像往復書簡を上映します。私の作品(とも呼べない代物)は滅茶苦茶で見返すと嫌な汗が吹き出ます。頼まれたの仕方なく上映しますが、もう勘弁して下さい」。

→→→新しい神様
→→→PEEP "TV" SHOW
浅野優子(映像アーティスト)(2006年7月16日(日) 18:00〜)
ari_no_seikatu.jpg
『蟻の生活』
moyoukojima.jpg
『模様小島』
kurage.jpg
『水母』

『螺旋迷宮』(2分30秒/1982年)
『鳥たちの棲むところ』(2分/1983年)
『木の中刺す魚の気』(5分50秒/1985年)
『紙の家』(2分10秒/1986年)
『ナルコレプシー』(7分/1987年)
『蟻の生活』(14分10秒/1994年)
『模様小島』(2分/2003年)
『水母』(1分/2005年)

『童貞。をプロデュース』(2006年7月17日(月・海の日) 18:00〜)
doutei.jpg松江哲明(映画監督)/2006年/DV/32分

■ ルサンチマンに満ちた童貞K(23才)が最近、恋していると知ったAV監督・松江哲明は「せっかくだから童貞喪失を撮影しとけ」とカメラを手渡す。そればかりか、社会勉強だからとエロビデオの現場に連行。こうして誰も望まない「童貞プロデュース」が始まった。

『アマタイ語録』(2006年7月22日(土) 18:00〜)
amatai.jpg鈴木志郎康(詩人・映像作家)/1969年/25分

《 遊び から 自覚へ 》
■ 「この作品は詩人天澤退二郎さんの結婚を祝って多分会場で上映したものです」。

『時の探索』(2006年7月29日(土) 18:00〜)
kouen.jpg中島崇(映像作家)/(部分・2006年)

《アートとドキュメンタリー》
■ 美術展を記録するということは、どういうことなのか? 評価の定まった美術作品を題材にして、果たして独自の映像を展開することができるだろうか? なぜこうしたアート・ドキュメンタリーは日本で作られないのか? 『時の探索』は、2000年夏に新潟県で開催された「第1回越後妻有アートトリエンナーレ」の記録である。資料としての価値を持つと同時に、映像自体もアートであることを目的とした作品づくりとは?

同時上映:
『FIVE DAYS』(部分・2003年)
『公園に来る人々』(2004年)(写真は『公園に来る人々』)

『鏡のなかで』(2006年7月30日(日) 18:00〜)
筒井武文(映画監督)/1987年/16ミリ/カラー/20分版

《 映画 の 記憶 》
■ 1987年8月に東京のシアター・トップスでおこなわれた、遊◎機械/全自動シアター第7回公演『学習図鑑』をもとに構成された作品。
ここでは『ゆめこの大冒険』の1要素であった映画の中での演劇性を映画全体に拡大し、演劇のドキュメントとして、芝居の舞台を背景に使いながら全くの映画的フィクションに仕上げている。遊◎機械/全自動シアターは、脚本を用いず役者の中から生まれる言葉によって1場面ずつ作り上げていくという、独自の方法論を持つ劇団である。この、集団創作形式は、各シーンの集合体としてはじめて作品が現れてくるという点で、ある種の映画にも近い構成法といえる。子供の世界をテーマにすることが多く、特筆すべきは、「ランドセルを背負わせたら日本一」というキャッチフレーズを持つ高泉淳子を中心に、白井晃、篠崎はるく等、男と女、幼児から老人まで、性別や年齢を自在に往復する魅力的な役者が揃っていることである。
なお、この作品は、『ゆめこの大冒険』に併設される20分版のほかに45分の完全版がある。

同時上映:『アリス イン ワンダーランド』( 1988年/ビデオ/カラー/14分)/他

『ヘレン・ケラーは39』(2006年7月22日(土) 21:00〜)
helen_keller_39.jpg清水浩之/2006年/DV/8分

■ 見ること、聞くこと、話すことから平成18年を記憶し直す。



『短篇調査団(32) 蜂の巻』

『昆虫記の世界―カリバチの習性と本能―』(2006年8月8日(火) 20:00〜)
1977年/29分/カラー/制作:東映教育映画部/企画・構成:布村建/構成・撮影:川崎龍彦
/撮影:中根洋・久島十乃・長谷川哲也/音楽:杉田一夫/解説:草野大梧

■ ファーブルの「昆虫記」で特に興味深いのが獲物を探るカリバチの話。カリバチの仲間の生態を記録し、昆虫記の世界を再現する。あわせてカリバチがすむ自然について考える。

『みつばちマーヤの冒険』
1954年/11分/白黒/制作:TCJプロダクション/原作:ボンデルス
/演出:芦田いわお/動画:福田里三郎

■ ミツバチのマーヤは、いつもいばっているカブトムシがひっくり返って困っているのを助ける。その後マーヤは敵のクマンバチ軍に捕えられるが…アニメCM制作の老舗・TCJ(梁瀬次郎代表)の第一回作品。

『新昆虫記 蜂の生活』
1960年/45分/カラー/制作:東映教育映画部/脚本・演出・撮影:吉田六郎/音楽:三木稔

■ 蜂がその種属の生命を伝えるため、あらゆる災害から子どもや卵をまもり、きびしいおきてにしたがって生活する姿を通じて、生命のとうとさと自然のしくみのきびしさを描いたもの。



『華氏8.15ふたたび』

『愛国心』
『教えられるか愛国心』(2006年8月15日(火) 16:00〜)
1961年頃/30分×2/白黒/16mm/制作:NET(日本教育テレビ)+東京都教育庁

■ 1960年代初頭、NET(現・テレビ朝日)で放送された東京都教育庁提供の討論番組『東京のこだま』からの二篇。「真の愛国心とは何か」というテーマで、菊村到氏、川喜田二郎氏、清水幾太郎氏ら有識者と都民が語り合う。

Cast◎清水幾太郎(Shimizu Ikutarou)
社会学者。1907年東京市日本橋生まれ。戦後民主主義の平和運動において大きな役割を果たした「進歩的知識人」の代表人物だったが、60年安保闘争以後は運動を離れ、『諸君!』誌上で平和運動批判、核武装論などを主張した。1988年死去。

『国防挺身隊』 第一話 挺身隊出撃・第二話 巨大要塞を撃て
『わたしのあしながおじさん』(2006年8月15日(火) 17:15〜)
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『国防挺身隊』

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『わたしのあしながおじさん』
1991〜1992年/計22分/カラー/8mm→VIDEO/監督:安原伸

■ TBS「えび天」で話題を呼んだ痛快愛国活劇と、『まあだだよ』のオープンセットが有効活用? された壮大なファンタジー。自主映画界でも希有なエンタテインメント性とともに、某『男たちの××』が到達できなかった戦争の無残さもしっかりと描き、戦後育ちからの「アンサー」としても出色な安原監督の2作品。

Director◎安原 伸(Yasuhara Shin)
1964年兵庫県生まれ。神戸大学在学中から8ミリ特撮映画を制作。TBS「えびぞり巨匠天国」でも放映された『国防挺身隊』(1991〜93)で人気を博す。主な作品に『明治天皇宇宙の旅』(1988)『伝えられたら』(1993)『はにわマン』(1995)など。世界最小の一眼レフカメラ製造メーカー「安原製作所」元代表としても知られる。

『あなたは天皇の戦争責任についてどう思いますか?<96.8.15靖国篇>』
(2006年8月15日(火) 17:45〜)
tennou.jpg 1997年/53分/カラー/VIDEO/監督:土屋豊

■ 1996年8月15日、靖国神社に集まった人達に作者が問いかける「あなたは天皇の戦争責任についてどう思いますか?」参拝者の多くは否定的な回答を述べるが…対話の先には何が見えるか? 日々流されるTVの理論誘導とは異なり、観客もまた自らの意見を迫られる異色作。『新しい神様』『PEEP “TV” SHOW』の土屋監督の原点!

Director◎土屋 豊(Tsuchiya Yutaka)
1966年生まれ。1998年より自主ビデオの流通プロジェクト「VIDEO ACT !」を主宰、メディア・アクティビスト達のネットワークを広げるために活動中。監督作品『新しい神様』(1999)が山形国際ドキュメンタリー映画祭・国際批評家連盟賞特別賞、『PEEP”TV” SHOW』(2003)でロッテルダム国際映画祭・国際批評家連盟賞を受賞。

『レクイエム神社』(2006年8月15日(火) 18:45〜)
requiem.jpg 2006年/40分/カラー/監督:しまだゆきやす

■ 靖国神社を舞台に、日本へビジネス留学にやってきた韓国人の男性と、ある孤独な女性との数奇な出逢いをモーツァルトの美しい調べにのせて描くメロドラマ。昭和六十五年、ひとりの女性(三坂知絵子)が靖国神社を参拝していた。彼女には双子の妹がいたが、不慮の事故で妹は死んでいた。その数年後、キム・ジェヒョン(パク・チェソン)という韓国人青年が日本にやってきた。彼には、ある秘めた思いが胸にあった…。

Director◎しまだゆきやす(Shimada Yukiyasu)
1964年大阪府生まれ。1995年に「映像総合格闘技 イメージリングス」を旗揚げし、劇映画、実験映画、アニメーションからAVまで多彩なジャンルの作品を上映し続ける。『恋する幼虫』(2003)「背徳映画祭」(2005〜)などの製作配給、「映画番長シリーズ」(2004)などの宣伝で活躍するほか、『連歌』(1995)『私の志集 三〇〇円』(2006)など監督作品も多い。



『科特隊 動詞映画まつり』3回目

『はかる』(2006年8月25日・19:30〜)
1973年/26分/カラー/16mm/制作:岩波映画製作所
プロデューサー:高橋宏暢・安達弘太郎/脚本・演出:堀越慧/脚本:牧衷/撮影:古川守・中谷英雄

■ ものをはかるためには、どうしたら良いか。はかるということは、どのような意味をもっているのかを、探ってみる。

『考える―創造思考の技術をめぐってー』
1973年/30分/カラー/16mm/制作:学研映画
プロデューサー:原正次・石川茂樹/脚本・演出:福井康雄/撮影:平野光徳・吉田忠志

■ ものごとを科学的に“考える”とはどんなことか。実験グループによるブレーンストーミングの過程をドキュメンタルにとらえながら、創造的な思考の手法や、その意味を考える。

『感じる』
1987年/20分/カラー/16mm/制作:岩波映画製作所
プロデューサー:片野満/演出:益田仁/脚本:牧衷/撮影:平井明

■ もんしろ蝶は、何を目的に菜の花へ寄ってくるのか、ヘチマの蔓は、何を感じて物にからみつくのか。また、形状記憶合金、フォト・セルなど、広く動植物・物質の世界で感じる現象を科学の目でとらえる。

『つたえる―情報通信―』
1984年/16分/カラー/16mm/制作:東京文映
プロデューサー・脚本:土屋祥吾/脚本・演出:米内義人/撮影:山本博司

■ 情報をつたえる手段としての通信技術の発展を探るとともに、音声や画像をつたえるしくみや、新しいデジタル信号による情報通信について紹介する。



『短篇調査団(33) 学校の巻』

『ふりかえって・夏―対人関係を考える―』(2006年8月30日(水) 20:00〜)
1976年/22分/カラー/制作:岩波映画製作所/プロデューサー・脚本:片野満
/脚本・演出:手塚正己/撮影:岡田久

■ 高校生の起す不適合の要因の一つに対人関係による場合、特に異性交友のからむ場合が考えられる。2人の男子高校生と1人の女子高校生をとりあげ、各人の親子関係・男子生徒同士の友情関係を考えさせる。

『バズーカ先生と子どもたち』
1975年/30分/カラー/制作:共同テレビジョン/企画:貯蓄増強中央委員会
/プロデューサー:坂本元章/脚本・演出:菊地靖/撮影:黒田清己

■ バズーカ先生とあだ名される新任の女教師が、浪費癖のあるすすむ少年に、労働の意味、そこから生み出されるお金の価値を教える。

『中学時代―受験にゆらぐ心―』
1976年/32分/カラー/制作:東映教育映画部/脚本・演出:内藤誠/撮影:北川英雄
/出演:加藤道夫・小松方正・小山明子・大和屋竺

■ 天体観測に夢をはせた一高校生の回想と追憶のドラマを通して、現在の受験体制の中でも子供達の感受性や個性を暖かく見つめる姿勢を失いたくないと訴える。



『短篇調査団(34) フィルムの巻』

『陰画と陽画―日本百科映画大系―』(2006年9月13日(水) 20:00〜)
1956年/11分/白黒/制作:岩波映画製作所/
プロデューサー:吉野馨治/演出・撮影:吉田六郎/脚本:小口八郎

■ 写真撮影したフイルムの現像や印画などへの焼き付けの作業を通して、両者はどんな関係なのかを解説する。

『カラーフイルムの原理』
1963年/20分/カラー/制作:学習研究社/脚本・演出:岡田泰明

■ 写真感材の基本的な原理から発展して、カラーフィルムが天然の色を再現するために、どのような物理的化学的方法がとられているかを、わかりやすく解説する。

『16ミリフィルムと映写機―フィルムを痛めないために―』
1981年/21分/カラー/制作:ハマダプロ/製作・演出・撮影:浜田英夫

■ 映写機でフィルムが送られる機構を説明し、パーフォレーションを破損する例、タテキズの入った例、その防止法として空転テスト、通路の清掃コマ合わせなど注意事項の要点を見せる。

『カメラがのぞいていた―青少年白書―』
1960年頃/30分/白黒/制作:日本教育テレビ(現・テレビ朝日)/企画:東京都教育庁

■ 少年少女はなぜ不良化するのだろうか。その更生の道は…そういった問題に焦点をあて、映画「不良少年」製作スタッフにきく。



8ミリフィルム映画祭
「フィルムエイジ・アニメーション80」

『恒星日(こうせいにち)』(2006年9月16日(土) 13:30〜)
kousei-nichi.jpg水上弘/9分/1997年

■ 私たちの皮膚には、いつも外界=風景がはりついている。りんごの皮を剥くように、24時間にわたってはがした、風景の記録。タイトルは、「地球が同じ星に再び面(おもて)を向けるまでの時間」の意味。全天360度/24時間を全て見たいという気持ちのままにストレートに作品化しました。

【作家プロフィール】
イメージフォーラム付属映像研究所20期卒2001年よりアニメーション80に参加
主な作品:『太陽風』(2000)、『光行差』(2003)など
個人サイト「しゃしんはイメージです


『薄明弧(はくめいこ)』
水上弘/7分/1999年

■ 私たちは、四角い部屋に住み、世界のことなど知らないふりをして暮らしている。しかしどんなに目をそむけても、夜は訪れる。夜と、夜に至る時間を、不動の目がじっと見据えている。待ち望んだ夜が、また来る。タイトルは「日没後の空に輝く光の帯」の意。ヌメヌメぐるぐるフォローします。
「HERIOGRAPHY」を見て熱に浮かされながらも、なんとか別のモノがフォローできないかと考えつつ作りました。


『ZONE』
zone.jpg中西義久/3分/1995年

■ ありふれたサラリーマンが、“異界の者”に異次元の様な不思議な世界へ連れ込まれ、彼自身も心身共に変容させられる恐怖を描いています。このアニメーション作品は、写真を白黒コピーしたものをコラージュして、制作しました。

【作家プロフィール】
1965年東京生まれ。88年武蔵野美術短期大学卒業。 在学時より主に1〜3コマ撮影、編集を使った短編作品を多数制作。作品は、国内の上映会および、海外の映画祭で多数上映されている。企業ビデオ、音楽ビデオクリップなど映像&アニメ制作、デザイン、模型制作などを行う。2001年より1分のアニメを公募する「1 minute Animation Festival」をプロデュース。
主な作品:『crossing』(1996)、『roundscape mix』(1997)、『Carve man』(1998)、『VENUS』(1999)、『Lady.....Go!!』(2001)、『有機都市』(2005)


『PIPE LINE』
pipeline.jpg中西義久/5分/1994年

■ 東京の地下鉄のコンコースの配管パイプにクローズアップして、天井に張り巡らされた様子を描写しようと試みた作品。


『スクラッチ・スクラッチ』
モリタダシ/3分/1990年

■ 全編シネカリ、8ミリフィルムに直接絵を刻みました。

【作家プロフィール】
1964年・神奈川県生まれ。そろそろアニメを作り始めてから25年、腰を据えてじっくりとアニメーションを作りたいとは思う。
主な作品:『いきるよろこび』(1998)、『1 minute Animations』(2000〜)


『ペーパーズストーリー3島の生活』
モリタダシ/7分30秒/1988年

■ 全紙コップが動き回るシリーズの第3弾。無人島ものです。


『SAKUHIN』
sakuhin.jpg島由美/2分/1983年

■ 始めての個人制作です。幾何学図形が好きだったので、動画用紙にマーカーで描きました。

【作家プロフィール】
1964年東京生まれ。武蔵野美術大学卒。アニメーション80、日本アニメーション協会所属。大学時代(1983年)より個人自主制作を開始して8mmフィルム→16mmフィルム→パソコンで制作してビデオ出力と制作形態も変化してきています。 現在会社員と母親業をやりながら作品制作を細く長く模索中。
個人サイト「SIM Web


『阿片譚』
ahen-tan.jpg倉重哲二/13分/2000年

■ 1930年代の煙館の一室を舞台に、煙を食む男と男の妄想を軸に展開する人形アニメーション。

【作家プロフィール】
1972年福岡生まれ。九州芸術工科大卒、イメージフォーラム映像研究所卒。主な作品に『兎ガ怕イ』『スクリプティング・ゴースト』がある。


『流転軌道』
ruten-kido.jpg昼間行雄/20分/1984年

■ 流転は通常「るてん」と読みますが、鉄道用語では「りゅうてん」と読み、動かないはずの停止している車両が、わずかなブレーキのゆるみなどによって勾配を下っていき、加速して自走し出すことを示すそうです。この作品は、もう22年前のものになりますが、当時8ミリフィルムで可能な限りの合成、再撮影、ロトスコープなどのアニメ技法などを盛り込んだ特撮幻想ドラマです。特撮という言葉も今ではもう過去のものですが・・・。

【作家プロフィール】
20年以上前から8ミリ、16ミリ、ビデオでの個人自主制作を続けている。最近はDVなどで完成させることがほとんどだが、6月にふたたび16ミリフィルムなどを撮影してみたら、その画質に再び魅了されてしまった。最近またまた16ミリフィルムは進化した。それなのに8ミリは風前のともしびという・・・。なんか違ってないだろうか。
主な作品:『プリズム2』(1980)、『放送室』(1986)など。


『HITORIASOBI』
hitoriasobi.jpg清水好美/6分/2001年

■ 6分間の、空想遊び。

【作家プロフィール】
1977年生まれ。イメージフォーラム24期卒業。『POTOLITAM』(2004)、『Era Era』(2003)、『犬の棺』(2002)



8ミリフィルム映画祭
「山崎幹夫セレクション1―狂風世界」

『犬の棺』(2006年9月16日(土) 15:30〜)
inunohitsugi.jpg清水好美/2002年/17分

『犬の棺』…レッテル貼りしてしまうと「饒舌体のシュールレアリズム映画」ですか。しかし凡百のシュールレアリズム風映画と一線を画すのは、皮膚感覚でしょう。卵を生む行為とか、髭面の強調とか、咀嚼行為の強調とか、ことさらに強調されるイメージがすべて皮膚的な感触に還元されています。ここらへんしたたかだし、才能でしょう。ミもフタもない断定ですが。

【清水好美】
女子美術大学日本画科卒業。イメージフォーラムで映像を学ぶ。
個人サイト『犬股

『風がふいている』
伊藤隆介/2000年/60分

『風がふいている』…ごうごうと風が吹きすさぶように時は流れ、人は生まれ、人は死んでいきます。短いカットによって蓄積された日々の光景。カメラを向けられひょうきんなしぐさをする友人や、恋人? らしき女性とのハメ撮りもあり、そして作者のまわりのいくつかの死。なんと作者まで手術室へと運ばれるじゃないですか。カメラを他人に託して、そこで映画が終われば作者は死んだってことになるんですが、一命とりとめたのか、日々の光景はさらに淡々と続きます。時は流れる。ごうごうと風が吹きすさぶように。

【伊藤隆介】
1963年北海道生まれ。シカゴ美術館付属美術大学大学院修了。
個人サイト『Ryusuke Ito



8ミリフィルム映画祭
「浅野優子万華鏡」

toritachi.jpg
『鳥たちの棲むところ』
narcolepsy.jpg
『ナルコレプシー』
『晴れ』2分30秒/1982年(2006年9月16日(土) 17:30〜)
『月の娘』4分/1983年
『鳥たちの棲むところ』2分/1983年
『アルコミンミン』3分/1984年
『花粉』8分40秒/1984年
『時の舞踊をもう一度』5分/1984年
『木の中刺す魚の気』5分50秒/1985年
『聖エルモの灯』2分10秒/1985年
『ナルコレプシー』7分10秒/1987年
『もうひとつの花園』(パフォーマンス用映像・3面マルチ)/25分/1989―2004年

高校生の頃8ミリは全盛期にさしかかっていたと思う。高校のクラスの有志で8ミリ映画を作ったりしていた。
同時にアニメーションも作りたくて、美大のアニメ研に入るとさっそく作り始めた。アニメーションと言っても、テレビや劇場用アニメーションにはあんまり興味がなくて、好きな音楽(ブリティッシュ ロックや日本のインディーズ)を映像化したいという気持から作り始めたのだった。
後に思ったが、お手本にしたい作品が同じアニメーションのジャンルだけだったら、物真似で終わってしまっていただろう。私の場合、音楽とか歌舞伎とか美術とか別のジャンルに好きな世界があったから、今まで続けてこられたのかもしれない。
8ミリはカメラの使い方をおぼえると、とても気軽に撮ることができて、実写も含め、どんどん表現の幅が広がっていった。今回は様々な技法で作った初期の作品を上映したいと思います。
『もうひとつの花園』は1989年に個展の為に作った7面マルチ映像作品『7/6の果実』を2004年に再編集したものです。

【浅野優子】
asano_yuuko.jpg東京生まれ。高校生のとき、自主制作の8ミリ映画の制作に参加。
武蔵野美術大学で油絵を専攻しながら、アニメーション、オブジェ、人形の制作を始める。
グループ「アニメーション80」に発足時より参加し、上映会活動を行う。
国内外の映画祭などにも多数出品。アニメーションの制作においては、最初のうちは、紙に動画を描いていたが、しだいに実写、切り紙、立体、写真など様々な技法を組み合わせて表現するようになってきた。



8ミリフィルム映画祭
「短篇調査団EXTRA」

『シングルラブ』(2006年9月17日(日) 13:30〜)
2002年/8mm/カラー/23分/監督:村上賢司

■ フジカシングル8の同時録音フィルム販売終了に際して、同録愛用者のムラケン監督が惜別のオマージュを捧げた一作。イメージリングス第35回公式戦「キタ━━━(゜∀゜)━━━!!祭りの予感・・・」上映作品(2002年10月)。

【村上賢司(むらかみ・けんじ)】
1970年生まれ。1998年制作の『夏に生れる』でゆうばり国際ファンタスティック映画祭オフシアター部門グランプリ受賞。以後『呪霊 THE MOVIE』『怪奇大家族』『森達也のドキュメンタリーは嘘をつく』『ケータイ刑事 銭形雷』など映画・テレビ作品を監督。

→→→ブログ「How I’m Surviving in Kawaguchi City
『蝉ヌード』
1987年/8mm/カラー/20分/監督:袴田浩之

■ 「自宅破壊シーンがあまりにも有名。壁を斧でブチ破り、室内のものを窓から外へ投げ出す。母親が『やめなさい!』と来ても『うるせー』と大暴れ。最後はモヒカン頭の主人公=作者が、段ボール箱からもそもそ這い出して街へ出る。無責任な観客としては、ここから後が観たいのだ。いきなり家庭内暴力で始めて、そこから街へ出てどうするかの展開が観たい。べつにハリウッド映画ではないから、大掛かりなことをしなくてもいい。平野勝之『砂山銀座』のように、ただ道路に飛び出して車の流れを止めてしまうだけでもじゅうぶんな説得力を持つわけだから。」
(山崎幹夫/LA CAMERA vol.54「ヴァリエテを視よ」1997年5月 より)

【袴田浩之(はかまた・ひろゆき)】
1968年生まれ。浜松を拠点に20年以上の歴史を持つ異能映像作家集団「シネマ・ヴァリエテ」現代表。韓国でも上映された『壊滅』(2001)、イメージリングス主催「背徳映画祭」参加作品『背徳』(2005)『ゴーグル、それをしろ!』(2006)などで、観る側の心の奥に問いかける孤高の作品を送り続けている。

『レッツ・ゴー!!イチゴガール』
ichigo-girl.jpg1999年/8mm/カラー/20分/監督・編集:栗林忍/
撮影:本田隆一・栗林淳子/かぶりもの制作:川村礼子
出演:栗林忍/中者大/本田隆一/栗林孟史/栗林淳子/栗林朋史/栗林香織

■ ある雪の朝、女の子が散歩に出かけると、突然イチゴの襲撃にあい“イチゴガール"に変身してしまう。イチゴガールは日夜「愛と正義」のため戦うが、家族の理解は得られない。逆上した彼女は家族虐殺を企てるが...。人に理解されない“変わり者"の哀しみを描いた、ブラック・ストロベリー・コメディー。ゆうばり国際ファンタスティック映画祭オフシアター部門審査員特別賞受賞。

【栗林忍(くりばやし・しのぶ)】
北海道出身。北海道教育大学在学中に『ゆうばりシネマワークショップ』に参加し自主製作映画に目覚める。卒業後上京し、イメージフォーラム付属研究所、日大大学院芸術学研究科で8ミリフィルム作品を撮り続ける。主な作品に『スパーク・ストロベリー・スパイダー』(1998)『蝶よ花よと』(1998)『柔』(2000)。

『テレビゾーン』
tv-zone.jpg1988年/8mm/カラー/14分/監督:滝沢修/製作:百万辺映画製作所

■ ドキュメンタリーと寸劇の融合を目指し、作者が持てる映像・音源素材をフル出動させて、時間と空間を超えて繰り広げられる「滝沢ワールド」。有楽町の日劇(1981年)とその跡地に建ったマリオン(1988年)を往復したり、京大合格発表のテレビ中継(1986年)を妨害したかと思えば昭和天皇平癒祈願記帳(1988年)に向かったり…そして、観る者すべてを真っ白にする結末! 学生映像連盟シネック「春の合同映画祭'89」優秀作品賞・監督賞受賞。

【滝沢修(たきざわ・おさむ)】
大学時代に京都で「百万辺映画製作所」を立ち上げ、『京大映画ニュース'81〜'86』(1986)『テレホン人生相談』(1990)など“ドキュメンタリー風の、ややフザけた”独特の作品を発表。現在の本職はコンピュータネットワーク分野の研究者(工学博士)。



8ミリフィルム映画祭
伝説の8ミリ超大作『夢で逢いましょう』

『夢で逢いましょう』(2006年9月17日(日) 15:30〜)
yumede-aimasho.jpg1984年/8mm/カラー/135分/製作:SOLLMA FILM/
製作・監督・脚本・撮影・編集:植岡喜晴/共同製作:一瀬隆重/美術:和賀健夫/ 衣装デザイン:ひさうちみちお・アトリエEKO/音楽:向井千恵

出演:ひさうちみちお/紀秋桜/神戸浩/つみつくろう(現・辰巳琢郎)/ 紅萬子/あがた森魚/手塚眞/利重剛/今井萌/ はりけーん・ばんび(現・川下大洋)/上海太郎/槍魔栗三助(現・生瀬勝久)/ 森晴樹/今泉了輔/矢野ひろみ/山元雪子/赤井敏夫/村上知彦/川崎ゆきお

■ 本町よりこは、実の兄・杢太郎をひたすらに慕って生きている、ちょっと頭のゆるい女の子。しかし杢太郎はそんなよりこに見向きもせず、まだ見ぬ「うたかたの花」を求めて家出…。哀しみにくれたよりこは何をどう間違えたのか、天国へ迷いこんでしまうのだった。よりこの侵入で天国は大混乱。よりこは地上に送り返されるが、無垢なよりこを見初めた下級天使のひさうちさんは、彼女を追って地上見物に…。

【植岡喜晴(うえおか・よしはる)】
1954年神戸市生まれ。関西学院大学で臨床心理学を専攻。『眠れる森の吸血鬼』(1978)『WONDER WALL』(1980)を経て1984年に長編『夢で逢いましょう』を発表。1987年に『精霊のささやき』で35ミリ劇場用映画を初監督。『帝都大戦』『白痴』などの脚本も手がける。近作『月へ行く』(2000)が8月19日(土)に映画美学校で、最新作『ルック・オブ・ラブ』(2006)が9月16日(土)にアテネ・フランセ文化センターで上映予定。



8ミリフィルム映画祭
「山崎幹夫セレクション2―理に落ちぬ快楽」

『破壊する光は訪れる』(2006年9月18日(月・敬老の日) 13:30〜)
hakaisuruhikari.jpg緑川珠見/1996年/30分

『破壊する光は訪れる』…これは危険な映画です。のめり込んではいけない。感受性の感度を意図的に絞った状態で見ていただきたい。でないと心がケガをします。もちろんフリッカー映画ではないし、ヴァイオレンスなイメージが炸裂するわけでもない。そんなことをしなくても、映画はじゅうぶんに世界観を変革することができる証拠のような映画なのです。この危険性が察知できないあなたは幸いです。発狂の危険性はないってことだから。中身についてなにも書いてないっスね。『DOG STAR MAN』みたいな映画かと思った人はまったくハズレです。出演者がいて、カット割りのある映画です。

【緑川珠見】
イメージフォーラムにて映像を学ぶ。
個人サイト『緑川珠見の映画データベース

『夢主人』
yumesyuzin.jpg大川戸洋介/1987年/38分

『夢主人』…大川戸洋介の映画は、劇映画しか見たくなくて劇映画しか撮りたくない人には遅効性の致死薬になるかもしれません。出会ってはいけない毒素があるのです。それは「しゃあしゃあと撮ってもすべて映画だ」という魔界の呼び声。それは同時に、映画というものが、じつは物語の束縛を脱ぎ捨てたがっているという疑惑につながります。またしても映画の中身を説明していませんが、日々のスケッチ映像としか言えない内容です。なのにこんなに異世界なのはなぜだろう。

【大川戸洋介】
1961年東京生まれ。80年代は大量の8ミリ作品をつくり出し一部で「映像タレ流し公害」との異名も。唯一無二のカメラワークは商業映画監督からも賞賛される。



8ミリフィルム映画祭
「山崎幹夫セレクション3―ひたすら祈り続けて」

『無垢の歌』(2006年9月18日(月・敬老の日) 15:30〜)
mukunouta.jpg大谷高美/2005年/20分

『無垢の歌』…この作品は併映の『光』と組み合わせることでより生きてくる作品だとの確信があってプログラミングしました。写真を動画で撮って提示すること。これは『光』でも試みられていますが、ほんらいは静止しているものが、8ミリの粒子の絶え間ない動きが付加されることによって、生と死(現在と過去)の、そのどちらでもない特別の居場所を与えられるのではないでしょうか。たんなるノスタルジーではない、いくつかの感情がわき出してくるはずです。

【大谷高美】
青山学院大学卒業後、映画を撮り始める。

『光』
hikari.jpg石井秀人/1999年/48分

『光』…マジメな映画です。光と影の動きを凝視しましょう。まるで禅寺で一般人対象におこなわれる座禅会にひょんなことから参加してしまったような心持ちで、リラックスしてスクリーンに対峙するのがいいかと思います。もぞもぞしてたら後ろからひっぱたきます(←いちどやってみたい)。ちゃんと中身について知りたい人はこちらに居田伊佐雄さんの素晴らしい紹介が有ります。

【石井秀人】
1960年群馬県生まれ。イメージフォーラムで映像を学ぶ。一貫して個人のまなざしから広がる世界を追求する。



8ミリフィルム映画祭
「山崎幹夫セレクション4―世界を理会する瞬間」

『斑点』(2006年9月18日(月・敬老の日) 17:30〜)
hanten.jpg真次賢/2004年/25分

『斑点』『二番目のしあわせ』…このプログラムの作品については、解説をちょいと伏せておきたい気分。どちらの作品にも違ったスタイルでのどんでん返しがあって、そこからいろいろな映画的な感興を得られるところが魅力だと思います。

『斑点』あらすじ
ある夏の日の出来事。母の命日に幼い頃の記憶に襲われた男は、一人駅に向かう。蘇る記憶とそれにまつわる発疹の物語。

【真次賢】
神奈川県生まれ。演劇実験室万有引力に在籍。2003年より俳優から制作する側になる。
HP「tokyofunnygames

『二番目のしあわせ』
nibanmenosiawase.jpgおぎわらまなぶ/1996年/45分

【おぎわらまなぶ】
1971年横浜生まれ。東京造形大学卒業。ペペ馬場キネマ劇場スタッフ。



8ミリフィルム映画祭
「山崎幹夫個展プログラム1<記憶の戦場>」

『100年後』1994年/56分(2006年9月23日(土) 15:00〜)
『夢のライオン』1996年/14分
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『100年後』
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『夢のライオン』

『100年後』はまず床にフィルムが敷き詰められ、そこからランダムに選択してつなげていくだけの作品だと告げられる。じっさいはそうではなく、バランスを考慮してつなげてあるのは明白だが、次から次へと繰り出される多種多様なタイプの映像を漫然とながめているうちに、そこにはカメラを持ったひとりの男の生きた航跡が浮上してくる。最後の墓場のシーンは、生き延びること=取り残されることであるという諦めと同時に、さらなる旅の始まりのメッセージだろうか。



8ミリフィルム映画祭
「山崎幹夫個展プログラム2<積乱する時空>」

『グータリプトラ』1999年/56分(2006年9月23日(土) 16:30〜)
『遠くへ』2003年/16分
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『グータリプトラ』
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『遠くへ』

■ 薄暗い部屋に男がひとりいる。もう若くはない。男は訪ねてくる猫を部屋に入れ、ギターで歌を聴かせたりしている。夜になると日本酒を愛撫するように飲み、テレビを見ている。空を太陽が駆けるように動き、たまに男は外出する。目的はなく、ただ街をうろつきまわっているようだ。その「部屋」を起点として、世界は広がっていく。通常の時間の流れからは取り残され、あたかも不死の人が人類の右往左往を横目に日々を過ごすかのように、ひっそりと「もうひとつの別の世界」が立ち上がっていく。



8ミリフィルム映画祭
「山崎幹夫個展プログラム3<世界をフィルムで計測すること>」

『眠る永遠主義』2005年/35分(2006年9月23日(土) 18:00〜)
『うずまきの彼方へ』2006年/16分
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『眠る永遠主義』
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『うずまきの彼方へ』

『眠る永遠主義』は、郊外にある平凡な事物を、たんたんと撮っていった作品。順光で撮られたそれら事物は、平凡であるがゆえに無限に連鎖してこの地表に広がっているようにも見える。途中、とてもヘンなものが映ってリズムが狂うのはご愛嬌。

『うずまきの彼方へ』は、東京都下羽村駅前にある「まいまいず井戸」から出発して、その渦巻型を拡大していく試み。銀河のうずまきへと拡大したイメージが、また収縮してどんぶりの中におさまるという趣向。



8ミリフィルム映画祭
「山崎幹夫セレクション5―異空間嗜好」

『逆行の夏』(2006年9月24日(日) 13:30〜)
gyakkounonatsu.jpg映像通り魔/1984年/25分

『逆行の夏』…1984年の札幌は、まちがいなく宇宙とつながっていたという記憶があります。この作品は当時、札幌在住の大学生などを中心とした映画製作上映グループ「映像通り魔」の共同製作作品としてつくられたものです。もとネタはいくつかのSF小説で、コダールの『アルファビル』のように、札幌の街でロケしながら、札幌によく似た異星の都市の話として「わかりにくく」「青クサく」物語が語られます。

『青き零年』
aokireinen.jpg山田勇男/1985年/37分

『青き零年』…人間は物語でしか世界を解読できないわけだし、物語というのは引用の連続(既成パーツの組み合わせ)だと言うこともできます。映画づくりにおいても、この「意味を伝えることや、意味ありげであることの病」から免れることは、ほとんど不可能です。だが奇跡ってのはたまに起こるもので、この『青き零年』は個人的な小さな空間が、なぜか大きな宇宙へとつながっている希有な作品です。味は、甘くて濃いです。

【山田勇男】
1952年北海道生まれ。天井桟敷に在籍し、寺山修司の映画作品のスタッフを務める。湊谷夢吉らと銀河画報社を設立して映画製作を開始。作品はもっぱら8ミリだが『アンモナイトのささやきを聞いた』『蒸発旅日記』などの商業映画も監督する。



8ミリフィルム映画祭
「鈴木志郎康セレクション」

『みみのなかのみず』(2006年9月24日(日) 15:30〜)
mimi.jpg歌川恵子/1993年/36分

■ 自分の耳の中に溜まった水の中に恋人が泳いでいるという思い込んでしまった女の子が、自分のアイデンティティをもとめる切実な気持ちを描いた作品。

【作家プロフィール】
多摩美術大学にて映像を学び、作品制作を始める。『みみのなかのみず』は、1994年のイメージフォーラム・フェスティバルや、バンクーバー映画祭などで上映された。
個人サイト『きのうのうた


『ラジオライフ』
坪田義史/1998〜99年(2000年公開)/40分

■ 女性に対する拘りの気持ちを追いつめて、そこから抜けようとする男を描いた作品。
警察無線を傍受して、闇を切り裂き、夜をイク感じ・・・。

【作家プロフィール】
1975年生まれ。多摩美術大学卒。大学在学中からフリーランスで映像の仕事を始め現在に至る。

2000年、多摩美術大在学中に撮影・監督した映画『でかいメガネ』がイメージフォーラムフィルムフェスティバル コンペ部門にてグランプリ受賞。全国各地の映画祭にて招待上映する。
2002年、シアターイメージフォーラムより制作助成を受け、映画『夜明け』制作、東京・京都・福岡にて巡回上映する。またBOX東中野にてレイトショー公開する。
2003年、日本の刺青『和彫り』、モノクロで記録する写真家・辰巳卓也の活動を取材して制作した短編ドキュメンタリー映画『蛇が這う』がWEB上でブロードバンド配信される。
2006年、Vシネマ『SURVIVE2 hypnosis―催眠―』監督・脚本(株式会社フルメディア・株式会社バイオタイド)、Vシネマ『官能少女作家ーイマジネーション・レイプー』監督・脚本(株式会社TMC・ジャンクフィルム)。
また、映画『月とキャベツ』(山崎まさよし主演・篠原哲雄監督)に美術助手として参加後、映画『いたいふたり』(西島秀俊主演・ベルリン映画祭出品)、Vシネマ『惨劇館 夢子』にて美術監督をつとめる。

作品歴
『爪花火』(1995年)
『妖怪後頭部』(1996年)
『耳プール』(1997年)
『ホームビデオ』(1997年)
『ラジオライフ』(1998年)
『ラジオライフ―夜空ノムコウ―』(1999年)
『でかいメガネ』(2000年)
『夜明け』(2002年)
『蛇が這う』(2003年)



8ミリフィルム映画祭
「山崎幹夫セレクション6―やがて悲しき世界」

『幻花』(2006年9月24日(日) 17:30〜)
genka.jpg寺嶋真里/1990年/35分

『幻花』…堀宗凡という、女装趣味で茶人であるという奇人が主演してます。 画像でおわかりのように、アク強いです。オーラ出まくってます。作者の寺嶋真里は堀宗凡にかなり現場を仕切られてしまったそうだけれど、表現者どうしのせめぎ合いの緊張感が、この作品の異様な迫力をもたらしたのではないでしょうか。

【寺嶋真里】
1965年生まれ。1991年『緑虫』がイメージフォーラムフェス大賞を受賞し、それ以降、精力的に作品をつくっている。京都造形芸術大学助教授を退職してフリーで活動中。

『僕の新婚旅行』
bokunosinkonryokou.jpg内村茂太/2002年/40分

『僕の新婚旅行』…しみじみペーソスな日記映画です。クスリと笑えます。あとでじんわり泣けたりもします。宇宙につながる8ミリ映画もいいけれど、こんなふうに家出した猫を探して路地をさまよっているような8ミリ映画も最高です。作者の語りの、朴訥とした絶妙さには脱帽します。

【内村茂太】
1974年広島県生まれ。2005年の作品『べっぷ・たまがわ』はイメージフォーラムフェス2006で寺山修司賞を受賞。



『短篇調査団(35) 顔の巻』

『鏡の前のあなたへ』(2006年9月27日(水) 20:00〜)
1966年/18分/カラー/制作:電通映画社/企画:有名化粧品グループ/
脚本・演出:渋谷昶子/撮影:大根田敏夫

■ 自分の肌に合った化粧品を買うべき事を、ある主婦の体験を通じて描く。

『二面の美』
1967年/24分/カラー/制作:東邦シネプロ/企画:鐘淵紡績/
脚本・演出:鮫島亀祿/撮影:香西豊太

■ 造形物のもつ表情を動とか静というとらえ方は、民族をこえて昔からあった共通の表現法である。その底に流れる日本人の美意識をもとに、日本的な女性の表情美、化粧美を深める。

『顔―光と影の世界―』
1983年/20分/カラー/制作:岩波映画製作所/企画:ポーラ化粧品本舗/
プロデューサー:桜井朝子/脚本・演出:北條美樹/撮影:西尾清

■ 日本女性の間では欧米の化粧法がすっかり定着し関心も高いが、反面工夫が足りないと言われている。日本女性に適した化粧について、科学の目で客観的に顔を捉え、光と影の効果というメークの原理とその手法を提案する。

『いきの時代―江戸が育てた女性美―』
1981年/30分/カラー/制作:ヨネプロ/企画:資生堂/
プロデューサー:小林米作・牧茂治/脚本・演出:杉山正美/脚本:藤原智子/
撮影:瀬川浩・西山文夫

■ 江戸中期以後に生まれた独自の江戸文化、特に女性風俗と美意識に焦点を合わせて描く。江戸後期の美学「いき」が、深川芸者などを中心とした女性の社会進出の中から生まれ、それが現代にも通じていることを示す。



『科特隊 動詞映画まつり』4回目

『きる―切断のなぞを探る―』(2006年9月29日(金) 19:30〜)
1971年/27分/カラー/16mm/制作:学研映画
プロデューサー:原正次・石川茂樹/脚本・演出:定村武士/撮影:平野光徳

■ 日常生活の中で経験する「きる」という現象を、単純なものから工業分野での高度な切断技術まで系統的に探る。

『分ける』
1977年/25分/カラー/16mm/制作:鹿島映画(現・カジマビジョン)
プロデューサー:田村達/演出:港健二郎/脚本:辻功/撮影:金子慈夫

■ 自然界ではほとんどのものが混ざり合い、溶けあって存在している。ふるい分ける、比重の違い、融点の違いで分けるなど、「分ける」技術の発達を見る。

『とぶ―飛ぶと跳ぶの関係―』
1985年/20分/カラー/VIDEO版/制作:岩波映画製作所
プロデューサー:片野満/演出:益田仁/脚本:牧衷/撮影:中谷英雄

■ 人工衛星から飛行機、ロケット、さらには体の大きさと飛び方の関係、秩父の竜勢祭などを紹介し、地面をポンと蹴って飛び上がる原理は同じことが見えてくる。

『あそぶ―狐拘狸さんの事―』
1986年/20分/カラー/VIDEO版/制作:岩波映画製作所
プロデューサー:片野満/演出:益田仁/脚本:牧衷/撮影:八木義順

■ 小中学生の間で流行をくり返している「コックリさん」を実験的にとり上げ、その正体をつきとめる。ファラデーの科学的解明の紹介、複雑な人の心の働きの問題を考察していく。



雲南映像フォーラム in 東京

『息子は家にいない』(2006年10月8日(日) 13:00〜)
son.jpg2004年/タイ族語/カラー/ビデオ/15分/監督:和淵(ホー・ユェン)

■ タイ族のシエさんが住む徳宏州の村はミャンマーからの麻薬密売ルート上にある。2002年春、息子は楚雄州の麻薬更正施設に送られてしまった。妻とふたりだけになったシエさんを病魔が襲うが、病院に行くお金もない。収穫期を迎えたサトウキビとトウモロコシも畑に残されたまま...。

『グブ村のキャラバン』
gebu.jpg2005年/チベット語/カラー/ビデオ/60分/監督:曽慶新(ヅン・チンシン)

■ チベット自治区のグブ村の人々は遠距離輸送のキャラバン隊で暮らしを立ててきた。昔日から続くキャラバン隊の移動や交易、村の日々の家庭生活がつぶさに描かれ、チベット族の村人の今日の心模様を映し出す。

『金平県ハニ族の織物』(2006年10月8日(日) 16:00〜)
jinping.jpg2005年/ハニ語/カラー/ビデオ/29分/監督:和淵(ホー・ユェン)、王京(ワン・チン)

■ 金平(ジンピン)県のハニ族の村で、女たちが伝えてきた伝統的な織物や刺繍の技術は、今、失われつつある。織物の工程を詳細に記録するとともに、女たちの織物への思いを伝える。

『ハニ族の新年祭“ガタンパ”』
gatangpa.jpg 2003年/ハニ語/カラー/ビデオ/20分/監督:曽益群(ヅン・イーチュン)、呂賓(ルー・ピン)

■ 文化大革命によって途絶えてしまったハニ族の新年祭“ガタンパ”。ハニ族の青年メイランクが、お年寄りから聞き書きをしながら伝統的な祭の姿を漫画とアニメーションによって再現する。失われた民族の伝統とその意義を、次世代へ伝えるための新しい試み。

『霧の谷』
foggy_valley.jpg2003年/北京語、ハニ語/カラー/ビデオ/45分/監督:周岳軍(ジョウ・ユエジュン)

■ 山中深いハニ族の村には、伝統民族衣装を着て畑仕事をする人の姿や美しい棚田の風景を撮影に訪れる人が増えていた。テレビ局のディレクターが訪れると、誰も彼もが金を要求してきて...。急速な観光地化の及ぼす影響を考えさせられるドキュ・ドラマ。

『翡翠駅』(2006年10月9日(月・体育の日) 13:00〜)
jade_green_station.jpg2003年/北京語(南雲南方言)/カラー/ビデオ/122分
監督:于堅(ユィ・ジエン)

■ フランスが植民地ヴェトナムと雲南を結ぶ鉄道を開通したのは1910年だった。以来、時代の激動を経た小さな無名の駅は、そこに暮らす普通の人々と共に時間の厚みと暗闇の深さを湛えてきた。著名な詩人、于堅による映像詩。

シリーズ『カワガルポ伝奇』(2006年10月9日(月・体育の日) 15:30〜)
〜「登山者」「収穫」「ラマ僧に捧げる食膳」「野花谷」ほか〜
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2005年/チベット語/カラー/ビデオ/180分
監督:郭浄(グオ・ジン)

■ チベット人が聖山と敬うカワガルポ(梅里雪山)。この山に魅了された作者が1997年以来、あえて人類学者の立場を離れ、巡礼者として訪れながら山に暮らす人々の日常、巡礼者の姿や自然の風景をビデオで捉えた。山岳隊の遭難事故から遺品回収に来た日本人青年とふもと村人の交流、巡礼者の素顔、麦の収穫をする少女たちなど日常の豊かさが映りこむ。



『短篇調査団(36) 睡眠の巻』

『WAKE UP JAPAN―現代日本の睡眠障害―』(2006年10月18日(水) 20:00〜)
1996年/17分/カラー/制作:協和企画

■ 睡眠不足による事故や病気などの社会的損失を食い止めるため、米国で始まった“WAKE UP AMERICA”キャンペーン。24時間都市型社会に変わりつつある日本でも増加傾向にある睡眠障害の実態を分析、昼間の眠気の様相と原因を解明する。

『24時間の健康―生活のリズム―』
1966年/28分/カラー/制作:新生映画/ プロデューサー:村山祐治/脚本・監督:丸山章治/撮影:朝山定幸

■ 人間は24時間の生活のリズムがあって健康が保たれている。そのリズムは生理的にどういう作用がなされているかを各種の実験によって裏付けながら、健康生活対策を具体的に描く。

『すいみん―REM睡眠をめぐって―』
1975年/38分/カラー/制作:岩波映画製作所/ 企画:協和発酵工業/プロデューサー:河上裕久/ 脚本・監督:重森貝崙/撮影:八幡洋一

■ 睡眠はNREM睡眠とREM睡眠から成立している。特にその発見が新しい、体の眠といわれるREM睡眠を、眼球運動など珍しい印象をとらえながら平易に解説する。



『短篇調査団(37) 原子力の巻』

『原子と原子力』(2006年10月25日(水) 20:00〜)
1959年/24分/白黒/制作:東映教育映画部/ 脚本・監督:前田一

■ あらゆる物質をつくる大元である原子、またこれから石油や石炭にとってかわるであろう原子力についてアニメーションを交えながら解説し、理解を深める。

『核燃料の魔術』
1975年/27分/カラー/制作:東映教育映画部/ 企画:科学技術庁/脚本・監督:藤本孝明/撮影:川崎龍彦

■ 原子と原子力についての基礎的な問題を、アニメーションや人間をモデルにしてわかりやすく描くとともに、原子炉のしくみやウラン資源の有効な利用を可能にする高速増殖炉の原理などについても説明する。

『原発切抜帖』
1982年/45分/カラー/制作:青林舎/ プロデューサー:山上徹二郎・米田正篤/企画・監督:土本典昭/ 撮影:渡辺重治/音楽:高橋悠治と水牛楽団/語り:小沢昭一

■ 原子力船「むつ」の登場から10年間切り抜いてきた原子力に関する新聞記事を遡って、見せかけの繁栄と豊かさのうちに広島・長崎の体験を風化させ、世界有数の原発大国に変貌していた列島日本の現状を浮き彫りにする。



「neofest」ベストセレクション(→neofestブログを読む)

『和紙の音色』(2006年11月3日(金・文化の日) 12:00〜)
washi_no_neiro.jpg野村英司/2005年/DV/33分/ドキュメンタリー/映画美学校
*「neo賞」8位(78ポイント)

■ 「友だち、親、先生しかいない生活よりはどこかに師匠と呼べるやつがいたっていい」田村正師匠が紙すきを教えるのは、保育園児から大人、高齢者、外国人と様々。一つの場所に留まって仕事をする従来の和紙職人とは異なり、師匠は積極的にいろいろな場所に和紙の魅力を伝えにいきます。「紙すきは水仕事ではなく音の仕事である」という師匠に和紙の音色を聞かせてもらいました。

『吉野葛』(2006年11月3日(金・文化の日) 12:45〜)
yosinokuzu.jpg葛生賢/2003年/DV/58分/劇/映画美学校
*「neo賞」7位(80ポイント)

■ 映画とは他人の夢を物質化することだ、とジャン=マリー・ストローブは言っています。私がこの作品で試みたのも、ファシズムが台頭しつつあった時代に谷崎潤一郎が夢みたものを物質化することだったと思います。この小さな映画が、政治状況が反動的な方向へと傾斜しつつある日本社会へのささやかな抵抗となることを作者としては願ってやみません。

→→→葛生賢監督が参加されている映画批評ウェブマガジン「FLOWERWILD

『跡の旋律』(2006年11月3日(金・文化の日) 14:00〜)
atono_senritsu.jpg永田純・宮村なな/2006年/DV/30分/ドキュメンタリー/東京造形大
*「neo賞」2位(97ポイント)

■ 山取りの盆栽には、木が経験してきた厳しさが白く刻まれている。跡は、積み重ねられ成長する「生きる死」だ。

『帰郷 ―小川紳介と過ごした日々―』(2006年11月3日(金・文化の日) 14:45〜)
kikyo.jpg大澤未来・岡本和樹/2005年/DV + 8ミリ/48分/ドキュメンタリー/映画美学校
*「neo賞」5位(85ポイント)

■ 山形県上山市にある小さな部落、牧野村。かつてこの村に、映画制作集団小川プロダクションが約20年にわたり住み着き、稲を育て、共同生活をしながら映画を制作した。長年、助監督として小川プロを支えた飯塚俊男さんにとって、小川プロでの生活、監督小川紳介と過ごした日々は何であったのか。村人にとって、小川プロは何であったのか。一人一人の心に残る小川プロの幻影。思い出を語る人々の姿から、現在の人々の生を記録する。

『カロパスカ』(2006年11月3日(金・文化の日) 15:40〜)
karopasuka.jpg中根幸子/2005年/DV/43分/劇/早稲田芸術学校
横浜学生映画祭2005にて上映
*「neo賞」10位(76ポイント)

■ ギリシャ、カリムノス島に住む親子は、復活祭の夜に起きた事故を境に不運にも事件に巻き込まれていく。父と息子の姿を、島の情景や伝統を織り交ぜながら描いた物語です。単身で島に渡り、ゼロから人間関係を築き、島民の協力と友情に支えられて奇跡的に完成した処女作です。

『一緒ネ!』(2006年11月3日(金・文化の日) 16:30〜)
issyo_ne.jpg名執たいすけ/2006年/DV/45分/ドキュメンタリー
*「neo賞」1位(160ポイント)

■ ゲイのパートナー同士である二人。二人は選挙の際に立候補予定者へゲイに対する意識調査アンケートを行っています。

『兵士の物語』(2006年11月3日(金・文化の日) 17:25〜)
heishi_no_monogatari.jpg安里麻里(脚本:桑原三知子)/2005年/DV/34分/東京芸大大学院
*「neo賞」9位(77ポイント)

■ 音楽院受験をひかえた娘のため、盗みを働いてまでヴァイオリンを手に入れようとする母親。しかし念願のヴァイオリンを手にしたとき、彼女を囲む世界が歪み始める。

【作者より】
音楽劇「兵士の物語」(ストラビンスキー作曲)をモチーフとし、脚本コースの桑原三知子が現代を舞台に作劇を試みた中篇作品。

『東京心中』(2006年11月3日(金・文化の日) 18:10〜)
tokyosinjyu.jpg三角みづ紀/2006年/DV/59分/東京造形大
*「neo賞」3位(93ポイント)

■ 手をとって、表現と手をとって、表現とあなたと手をとって、表現とあなたと獣と手をとって、表現とあなたと獣と明日と手をとって、あたかも息をするように。

→→→三角みづ紀ブログ「ニンゲンイジョウ

『はらわたのはらわた』(2006年11月3日(金・文化の日) 19:20〜)
harawata.jpg瀬戸口未来/2004年/DV/6分/京都造形芸術大
*「neo賞」6位(81ポイント)

■ 卒業制作で取り組んだ。私の1作目の作品です。人間の苦しみはよりよくありたいと願う自身の理想とありのままの自身の姿との、ギャップ(虚実の狭間)にある。〜フィクション、ノンフィクションの拮抗を核に捕り溜めて来た映像音声を、解体・再構成する事により、女性達の“食べなければならない悲しみ"を描いた。

→→→瀬戸口未来HP「setp-qchi

『ははのははもそのまたははもその娘も』
haha.jpg瀬戸口未来/2005年/DV/11分
イメージフォーラムフェスティバル2005 大賞
山形国際ドキュメンタリー映画際2005「私映画から見えるもの」上映

■ 卒業してから一年かけて制作した。私の2作目の作品です。心安らぎ煩わしい母の腕の中、もがき続けた私は、母と決別する為、母を探しに出掛けた。私の帰る場所へと。〜13年前に死んだ母は、余りに朧(おぼろ)で、途方に暮れた私は、人々の母親のパーツ(映像・音声素材)を譲り受け再構成する事により、母を作り出し対峙しようとしたのだった。

『あなにやし』
ana01.jpg瀬戸口未来/2006年/DV/25分

■ 「あなにやし」とは。日本の神話「古事記」において、イザナギとイザナミが国産みの際、互いに掛け合った言葉で。「あぁ!なんて美しいのだろう!」という強い感嘆の意を持つ。
撮り溜めた会話素材を解体し。世界を物語りへと再構成した。
“足りぬ事を知る。故に。充足を知る=欠損の過剰”
“足りぬ事を知らぬ。故に。充足を知らぬ=過剰の欠損”
欠損の価値基準の反転を。全ての人々へ。



『短篇調査団(38) 炭鉱の巻』

『炭鉱(やま)を離れて』(2006年11月8日(水) 20:00〜)
1960年代/10分/白黒/制作:東京都映画協会/企画:東京都広報室

■ 高年令者の就職の問題、特にエネルギー革命により離職した炭鉱労働者の再就職のための職業訓練が重視され、今都内には約5千世帯の人が再就職した。訓練を受け溶接工となったり、ボーリング工場に勤めたり、守衛となって新たに出発した人達のその後をみる。

『見直される石炭火力』
1978年/17分/カラー/制作:電通映画社/企画:電源開発/
プロデューサー:青木茂美・武井義尚/脚本・監督:赤池俊彦/撮影:浦田厚司

■ 長崎県大瀬戸町松島に輸入炭を燃料とするわが国最大の大火力発電所の本格的な工事が昭和52年11月いよいよ開始した。環境汚染対策に万全を尽くしている姿勢を地域住民に訴える。

『海底炭鉱に生きる―池島からの報告―』
1983年/53分/カラー/制作:RKB映画社/企画:松島炭鉱/
プロデューサー:柴田和男・成富泰通/脚本・監督:野崎健輔/撮影:佐伯秀之

■ 海底炭鉱池島の切羽は海面下650mの深部にある。不況でどんなに経営が苦しくとも安全を最優先に作業を行っている池島の炭鉱を紹介する。



『アニメーション80 第32回上映会』

『wireless 6 opening』
(2006年11月11日(土) 13:00〜/16:00〜・12日(日) 13:00〜/16:00〜)
wirelessa6.jpg西田章二/3分10秒

■ マンガ系クラブイベント「wireless」のオープニングアニメとして制作された作品。スタッフは上記イベント「wireless」に参加しているマンガ描き集団。主にアマチュア集団ですが、マンガ家の小田扉、イラストレーターの笹井一個、アニメーターの堀元宣なども参加しています。

スタッフ
企画:西田章二、行/監督・絵コンテ:西田章二/制作:でんがく、ユキ/キャラクターデザイン:みず、笹井一個/作画監督:行/原画:西田、みず、行、もち肌、UKO、でんがく、小田扉、堀元宣、ユキ/CG:mot/美術:みず、古梅屋/彩色:ドシー、イコール、でんがく、FLOKEA/撮影:ドシー/編集:K.KATO/音楽:CHAOS_MAP

『カタイフタ』
hardcap.jpg中村武/2分20秒

■ 男はノドが渇いてしまったが
ビンのフタがカタくて開かない…
音楽は大阪で人気のジャズ楽隊「フレイレフ・ジャンボリー」です。
フルアニメーションです。

作家プロフィール
1991年 大阪デザイナー専門学校アニメーション科卒業。
以後自主アニメーションを作る。
『足元に御用心』(2004年)『バナナの法則』(2005年)など。

『Wooden Island』
wooden_island.jpg鈴木亜矢・Monica Gallab/4分45秒

■ 家族は小さな木の家の中のたった一つの部屋にあるテーブルに向かって座り、時間を過ごす。
時間はうるさく過ぎていく。

作家プロフィール
Monica Gallab(モニカ・ガラブ)
ベルギー出身、2005年 イギリス The Arts Institute at Bounemouth(フィルム&アニメーション専門)卒業。
鈴木亜矢
日本出身、2005年 イギリス The Arts Institute at Bounemouth(フィルム&アニメーション専門)卒業。
現在 イギリス Django Films でシルヴァン・ショメ監督の下で原画担当。

『スイスの1分映画祭からのアニメ作品』
train2.jpgOne Minute Film & Videofestival,Aarau(スイス)30分/2004〜2005年

■ 『 Oneminute Film & Videofestival Aarau 』はスイスのAarauで毎年開催されている、公募した1分以内の映像作品を上映し、賞を与えるコンペティションを中心とした国際映画祭です。
詳しくはホームページをご覧ください。
2006年は8月18〜20日に行われました。
今年は、日本の『1 minute Animation Festival』と作品を交換して上映する企画となり、『Japan Anime』の特集プログラムで上映されました。
日本サイドでは、『 Oneminute Film & Videofestival Aarau 』の2004〜5年の上映作品からアニメーション作品だけを抜き出して上映します。

『1 minute Animation Vol.6』
recycle_05.jpg1 minute Animation Festival(日本)7分/2006年

■ 2001年から毎年募集し上映してきた、『1分アニメ』も第6回目になりました。
今年は、スイスとカナダの映画祭で上映されました。
『1分アニメ』は1分以内の自主制作アニメーション作品を、チラシやホームページで一般公募し、それをつなげる事で1本のしりとりアニメにしています。
黒丸の図形から始まり、黒丸の図形で終わる「課題部門」と、テーマ自由の「自由部門」。
アニメーションの様々な技法が楽しめ、初心者からプロまで様々な人が参加できる企画になっています。
アニメーションをより身近なものに感じてもらい、観る事も創る事も楽しんでもらいたいと思います。
作品募集と各種上映会ヘの参加は毎年行っています。

ホームページでは世界中に作品募集、Web上での作品紹介、作品上映などを行っています。
これまでの外国からの参加国はスペイン、オランダ、ブラジル、ドイツ、イギリス、ラトビア、べラルーシ、オランダ、中国など多岐に渡っています。

→→→1 minute Animation Festivalホームページ

『最果ての辺境』
saihate.jpg水本博之/1分30秒/2004年

■ スピード感のあるもの。
合成される素材が、素材のまま一つの画面に組み込むことを目的とした。

作家プロフィール
武蔵野美術大学映像科卒。
映像制作 { 実写含む } をしています。
現在、短編アニメーション { この最後までの途中 } 制作中。

→→→Web Site: { monster animations / from outer space }

『MONOTREME』
monotoreame.jpgPIXEL ANIMATION/4分/2004年

■ 有機物と無機物が共存するSF的世界の中での進化の過程を描いた作品です。

作家プロフィール
PIXEL ANIMATIONは2002年ごろ結成されたインディペンデント・アニメーション制作グループです。主にKouji Yamada, Daisuke Watanabe, Masanori Esakiの三人の共同作業によって活動しています。

→→→Web Site:「PIXELANIMATION

『Little Circus』
littlecircus.jpg小坂由布紀/9分/2006年

■ 日々の生活の中でタイミングよく何かが起こったり自分が考えている以上のことが起きることがある。
そんな時、自分は誰かに操られている、決まった運命があるように感じる。
操られる事で動く人形と自分の力で動ける人間。
物語では、実写とアニメーションをあわせ人形の世界と人間の世界をピエロが彷徨い運命を悟る。
私は、作品を通じて運命があるにせよ、自分のチカラでいきていってほしいと願いをこめ制作しました。

作家プロフィール
2005年3月 多摩美術大学 日本画科卒業。

『光、染みゆ』
hikari.jpg高橋幸子/3分30秒/2006年

■ 手描きによるアニメーション。夜の雨に、ネオンが染みる風景。

作家プロフィール
北海道教育大学美術科所属。大学に入り、映画の原理の授業と、先輩アニメーターの姿をみて、みようみまねで手描きアニメを始める。

『パンのまち』
pan.jpg矢田美帆/4分/2005〜2006年

■ 和田カヨさん作詞、坂本幸さん作曲の歌に合わせて編み物で作ったアニメーション(編みメーション)。
パンが出来る工程を表現した作品です。
息子がお腹にいる間に制作をしていました。親子で楽しんでいただけると光栄です。

作家プロフィール
1974年 東京都出身。白百合女子大学児童文化学科卒業。
1999年より編み物によるアニメーション「編みメーション」の制作開始。
手芸による絵本やイラストも手がけている。

『Bunch of Clowns』
bunch_clowns.jpgJody Meredith/10分/2006年

■ 『バンチ・オブ・クラウンズ』は、6人のちょっと変わったピエロたちとおかしなさるが繰り広げる、どたばたコメディー。
ピエロたちは、観客を楽しませようと毎晩パフォーマンスを披露するのですが、失敗ばかり。
そんな彼らのショウを見に来る人もあまりおらず、観客は日に日に減る一方。
けれども彼らはめげません。
少なくとも、みんなで何かをすることを楽しんでいます。
困難を乗り越えようとそれぞれが持つ特別な才能を使って、毎日がんばっています。
たとえ、うまくいかなくても。

作家プロフィール
イギリスで10年以上のキャリアを持つ人形アニメーター。
今年開催された第11回広島国際アニメーションフェスティバルでは、アニメーターとして参加した子ども向けテレビアニメーション『ファイヤーマン・サム』が上映された。

『AQUA』
aqua.jpg花里清彦(NAP)/10分/2005年

■ 太陽系が生まれて間もない頃、別の銀河系では既に人類を遥かに超える文明を持つ惑星が存在していた。果たして我々人類は自らを遥かに超えたテクノロジーを目の当たりにした時、それらを理解できるだろうか? あなたは惑星アクアの謎を目撃する...。
(2005年制作/SDCG2005準グランプリ受賞作品)

作家プロフィール
東京都三鷹市出身。映像製作チームNAP代表。2003年から本格的にCGアニメーション制作を開始。代表作は東京アニメアワード2005特別賞受賞作品『MARS 2』。2006年10月にDVD作品集『NAP COLLECTION OF WORKS #01』を発表。

→→→Web Site:「STUDIO GRADATION

『MEMORIES』
memories.jpg花里清彦(NAP)/8分/2006年

■ 三十億年前に惑星アクアを旅立った恒星間宇宙船は、太陽系第四惑星に到達。アクアと瓜二つの高度な文明が再建されるが、土星の衛星で反乱が勃発。移民船団は銀河系の各地へと散り、その内の一隻が地球に文明回復カプセルを投下した。五千万年後、人類は火星へ探査船を送るが...。
(2006年制作/SkyPerfecTV!110 AQ STATIONにて放映)

作家プロフィール
『AQUA』参照。

『できごころ』
dekigokoro.jpg細山広和/3分30秒/2005年

■ つい「できごころ」で、落ちてるお金をネコババしようとした男の子が、次々トラブルに巻き込まれちゃう、短編ギャグアニメ。
CGアニメと切り絵アニメ、実写コマドリをゴチャマゼにして作ってみました。ヘンテコな画像でごめんなさい

作家プロフィール
1998年まで北大アニメ研、その後は思い付きで年に1、2本細々と制作している日曜大工系アニメ屋。「鐘童幻燈舎」名でコミケ等にも参加してます。

『雑草』
zassou.jpg鈴木美智子/2分30秒/2005年

■ 不安という脳内に芽生える雑草に翻弄される人の話です。

作家プロフィール
武蔵野美術大学映像学科4年在学。アニメーションを作りはじめて2年ほどです。イラストや人形劇、フリーペーパーなども制作しています。

『夢の徘徊』
yumenohaikai.jpg鈴木美智子/4分30秒/2006年

■ ものの見方というフィルターを通した視界という、現実を映しながらもその人の中でしか成立しえない夢の中を彷徨う話です。

作家プロフィール
『雑草』
参照。

『対日照』
tainichisyou.jpg水上弘/5分40秒/2006年

■ いままでと違うのは「実景」が素材だとは言えないところ。素材は風景ではありませんが“モノ”ではあります。

作家プロフィール
イメージフォーラム付属映像研究所20期卒。

→→→Web Site:「しゃしんはイメージです

『REN』
ren.jpg昼間行雄/3分/2006年

■ 「あなたの命があとわずかだということを知りました。けれども、自分はどうしたらいいのか……。何もできない自分がなさけない……。30年前、あなたを撮った僕のカメラはまだ動くというのに、あなたの生の姿はもう……。1965年に誕生したあなたは、まだまだ生きられるのに……!!」
コマ撮りした写真を加工した動画や、合成で作った昔の街の風景などで構成した、じゆんあい物語。

作家プロフィール
1961年生まれ。アポロの月着陸の生中継は寝ていて見忘れ、大阪万博にも行きそびれる。1976年頃から8ミリフィルムを撮りはじめ、オリジナルな映像制作の面白さを体感したのに、初めて作ったアニメはXウイングファイターが溝を飛ぶ、てきとうなシネカリだったというオリジナリティのかけらもないもの。最近では日常的にDVとノンリニアで作品制作を行なっているが、卵焼きができるほど発熱するハードディスクを暖房にして光熱費を節約するほど貧乏な生活が続いていて、夢も希望もない毎日が続いている。

『有機都市 ―Bio City―』
yuuki_tosi.jpg中西義久/7分45秒/2006年

■ 人間の気配の無い都市に、一見無意味な行動を繰返す、自律型のロボット達がいる。
彼等の行動の意味や目的はわからない。
ただ自分にプログラムされた役割を飽く事無く繰返すのみである。
それは昆虫や動物などの生き物と似ており、人もまた同じかもしれない。

作家プロフィール
1965年 東京生まれ。1988年 武蔵野美術短期大学卒業。在学時より主に1〜3コマ撮影、編集を使った短編作品を多数制作。企業ビデオ、音楽ビデオクリップなど映像制作、デザイン、模型制作などを行う。
代表作:crossing(1996年)、roundscape mix(1997年)、VENUS(1999年)、Lady.....Go!!(2001年)



映像作家個展シリーズ
「寺田靖範展」

『妻はフィリピーナ』(2006年11月18日(土) 13:30〜)
tsuma.jpg1993年/100分/カラー/16mm
製作:万福寺シネマ/製作:山谷哲夫・荒井真理子/監督:寺田靖範
撮影:松根広隆・嶋津敬/助監督:橘川興治/録音:鈴木大介・崔政植
編集:今井剛・磯崎友厚/音楽:鈴木大介・小野雅則

[ 第1部 ] 日本映画学校在学中の僕(寺田)はフィリピーナのテレサと結婚することになった。僕は家族に式の出席を頼みに行くが、父親は話もしてくれない。やがて2人の間に娘が誕生して…。
[ 第2部 ] 僕とテレサは東京での生活を始める。僕は夜警のアルバイト、彼女はスナック勤め。そしてマニラの実家に預けていた娘がやって来て…。

『二十一世紀初頭 東京における最底辺生活者の記録』(2006年11月18日(土) 15:30〜)
21.jpg2004年/70分/カラー/DVD
製作:東京ホームレス製作委員会/製作協力:キャバレット
製作統括:山谷哲夫/プロデューサー:近藤正典/製作:松山禎之
監督:寺田靖範/撮影:松根広隆/助監督:神吉良輔
技術協力:波多野剛成・田中紀晶/ 整音:竹内直人/音楽:長谷川美喜子
ナレーター:鯨エマ

■ 公園の一角を占める青テントの村。寒気を避け地下通路に横たわる人々。飢餓、孤独、アルコール依存、病気、暴行。苛酷な生活に奪われていく、人間としての尊厳…。2001年から3年間に亘って、東京で生きる野宿生活者をみつめた記録映像。

『もっこす元気な愛』(2006年11月18日(土) 17:00〜)
mokkosu.jpg2005年/85分/カラー/DVD
製作:キャバレット+福祉文化研究所+「もっこす元気な愛」製作委員会
企画・制作総指揮:馬垣安芳/プロデューサー:神吉良輔
監督・撮影・編集:寺田靖範/録音:神吉良輔/整音:田辺信道
ナレーター:辛淑玉/音楽:趙博

■ 脳性マヒのため、両腕に障害がありながらも前向きに生き、いつも笑顔を絶やさないテツヤは、友人の結婚式で健常者のミホと出会い、4年間の交際を経て結婚を決意。だがミホの母親は結婚に猛反対。自分を一人前だと認めてもらうためにも、手の代りに両足でハンドルを握り運転免許取得に挑むテツヤと、彼を取り巻く人間模様。



『短篇調査団(39) 差別の巻』

『ゆがんだ視線―偏見と差別―』(2006年11月22日(水) 20:00〜)
1973年/33分/カラー/制作:東映教育映画部/
監督:豊田敬太/脚本:酒井修/撮影:大山年治

■ ある中学生の目を通してみたある町のひとつの事件をとりあげ、客観的・論理的な根拠によらないで他人や他集団を誤って判断したり差別的態度をとることの愚かさに反省を促す。

『人間みな兄弟―部落差別の記録―』
1960年/60分/白黒/ 制作:日本ドキュメントフィルム+芸術映画社+松本プロ/
プロデューサー:松本酉三・大野忠・木村繁夫/
監督:亀井文夫/原案:杉浦明平/撮影:菊池周/録音:大橋鉄矢/
音楽:長沢勝俊/解説:宮田輝

■ 被差別部落出身の娘と結婚したために親類からは縁を切られ、勤め先からは嫌われ、ついに失業してしまった上林さん。学校の成績は良かったのに、就職試験に落とされて鉄道自殺をした娘のことをあきらめきれない母親など、差別を受けている人々の記録映画。



アンダーグラウンド・フィルムの金鉱
「中村雅信作品集1」

『美しい日々』(2006年11月23日(木・勤労感謝の日) 15:00〜)
utsukushii-hibi.jpg8ミリ/10分/1970年

■ シュールレアリスティックな絵本作家・片山健の初期作品『美しい日々』を再構成することで、インモラルな白日夢を「疎外なき人間讃歌」へと転換する試み(笑)。

『ANOTHER LIFE』
another-life.jpg8ミリ/11分/1976年

■ メカニカルな音楽と執拗に反復される映像。シュールレアリズムに留まりたい思いと「夢から覚めよう」とするシニカルな視線が、緊張感のある対位法を成す。

『ROOM』
room.jpg8ミリ/17分/1976年

■ 革命的誘拐を成し遂げたとおぼしきカップルが悪の道に堕ちてゆくピカレスクロマン……のはずが、セーラー服女子高生緊縛監禁変態プレイものにしか見えない。

『SPRING HAS COME』
spring-has-come.jpg8ミリ/18分/1977年

■ 暖色系のセーターを着た少女を夜の公園に連れ出しただけの映像が、再撮影と多重露光の繰り返しによってファンタジックな夢見る異次元空間へと変貌する不思議。

『わたしにみぢかなくうきょ』
mijikana-kukyo.jpg8ミリ/18分/1994年

■ 『生き埋めにされるフィルム達に』で過去と決別した作者が次に選んだテーマは「存在と時間」だった。実存的空虚の前にはもはやエロ=少女すら存在しないのだ。



アンダーグラウンド・フィルムの金鉱
「中村雅信作品集2」

『奇病1』(2006年11月23日(木・勤労感謝の日) 17:00〜)
kibyo1.jpg16ミリ/3分/1977年

■ 100フィートフェスティバル用に作られた無編集映画。林の中で「同性愛」的仕草に耽る少女2人を即興的に撮ったもの。音楽はシャルルマーニュ・パレスタイン。

『奇病2』
kibyo2.jpg16ミリ/5分/1977年

■ 『奇病1』より以前に同じ出演者で撮られた同趣向の作品。100フィートに縮めることができなかったので、再度撮り直しとなった。背景がまだ日常っぽい。

『a quiet day』
a-quiet-day.jpg16ミリ/15分/1977年

■ ある静かな一日を舞台に「性的な猟奇犯罪」の予感を描いた白日夢のような作品。ストレートな女性の裸は一切出ないものの、そのイヤらしさには比類がない。

『記念写真』
kinen-shashin.jpg16ミリ/3分/1978年

■ 99枚のスチール写真を使ったアニメーション作品。「歩行人形マーガレットちゃん」が中野の街をのし歩き、セーラー服女子高生を監禁、緊縛する様は圧巻。

『SUMMER IS GONE』
summer-is-gone.jpg16ミリ/30分/1978年

■ アメリカの現代音楽作曲家フレデリック・ジェフスキーのミニマル楽曲「付和雷同者達」に、シンプルな反復映像をあてはめたミュージック・クリップ風作品。

『兆』
kizashi.jpg16ミリ/13分/1988年

■ 過去の作者の8ミリ映像がグロテスクに重なりあい、焼け焦げていく様が映し出される。作者自身による不吉なパソコン音楽も含め、どこか終末感を抱かせる作品。

『飛画』
higa.jpg16ミリ/11分/1989年

■ 野外の木々と、スタジオ内のヌードモデルのストロボ映像が「ポケモンのてんかん映像」さながらに激しく多重露光されたMTV風作品。音楽は作者自身の作曲。

『SO HARD FEELINGS』(2006年11月23日(木・勤労感謝の日) 19:40〜)
so-hard-feelings.jpgビデオ/18分/1991年

■ ビデオが乱暴にザッピングされただけのようだが、断片的に作者のプライヴェート映像(墓参り)が差し挟まれている。高速シャッターによる効果も試されている。

『わたしにひろがるくうきょ』
hirogaru-kukyo.jpgビデオ/20分/1995年

■ 「くうきょシリーズ」の続編は、ビデオ撮影のためかより空虚感が増幅されている。カラス、車窓、空、すべり落ちるカメラ、トンネル、インコ、ハイデッガー。

『Water Side』
waterside.jpgビデオ/15分/1996年

■ 「くうきょシリーズ」第三弾。鎌倉や片瀬江ノ島といった海辺の街を中心に、水面や水鳥や砂浜の映像が、寄る辺ない作者の心象を綴る。夜明け〜日没の風景映画。

『記憶の亡霊』
kioku-no-bourei.jpgビデオ/21分/1997年

■ たとえば、真夜中、突然テレビのスイッチが入って、受像機に得体の知れない映像が映し出された時に、たぶん映っているのはこのような怨念映像なのであろう。



アンダーグラウンド・フィルムの金鉱
「中島崇作品集」

『南岸沿』(2006年11月24日(金) 19:30〜)
nanganzoi.jpg8ミリ/3分/1971年

■ 3つのイメージの組み合わせから成る作品。イメージに相互の関連性はないが、旅情を誘う標題と、イメージにかぶる「虫の声」が作品の印象を方向づける。

『サンセット』
sunset.jpg8ミリ/7分/1972年

■ 紀行映画だが、具体的な旅の記録ではない。そこにあるのはタイトル通り「残照」であり、自宅に着くや否や、儚くも消滅する「エトランゼの高揚感」である。

『セスナ』
cessna2.jpg8ミリ/20分/1974年

■ 雑多な視覚情報がリズミカルに提示される。カメラが部屋の中から一歩も外へ出ないという事実と、タイトルが喚起する「束縛感のなさ」がシュールに混じり合う。

『UP-STAIRS』
up-stairs.jpg8ミリ/10分/1979年

■ 日本間にカラーテレビという配置がすでに絶妙な緊張感を孕む。映ってはならぬものが映っているという事態が、それを覗き見る者に好奇心と不安を呼び覚ます。

『7つのサイン』
7-no-sign.jpgミリ/17分/1979年

■ 再撮影により「繰り返し」という行為が7回行われる。退屈な実験映画は1日に一回しか上映されないが、ハリウッド映画は何度も上映されることに気付かされる。

『捜査』
sousa.jpg8ミリ/3分/1984年

■ タイトルは「音の出所を探る」の意。音は空気を振動させることで伝わるが、耳を塞いだ状態でも聞こえてくる場合がある。音は「記憶」からも聞こえるのである。

『埋もれた話』
umoreta-hanashi.jpgビデオ/10分/2003年

■ タイトルにもあるように「ストーリー」を物語ろうとする作品。とはいうものの、肝心のストーリーは、シュールレアリスティックな夢の記憶の中に埋もれてゆく。



アンダーグラウンド・フィルムの金鉱
「居田伊佐雄作品集1」

『Far from the explosive form of fruit』(2006年11月25日(土) 15:00〜)
far-from-the-explosive-form.jpg8ミリ/8分/1972年

■ 「田舎の川が流れる映像」をモチーフにして、8ミリカメラによる撮影と編集におけるあらゆる運動のヴァリエーションがアクロバティックに繰り広げられる。

『マリリン・マグダリーン』
marilyne-magdarane.jpg8ミリ/9分/1972年

■ エンジンモーターが高速回転する音にあわせて、映画史上もっとも偉大なセックスシンボルの姿が乱舞する。アンディ・ウォーホルに対する映画的回答といえる。

『オランダ人の写真』
hollandajin-no-shyashin.jpg16ミリ/7分/1976年

■ オランダ人といえば「さまよえるオランダ人」である。文字どおり海岸をさまよう男の映像が、映画構造の中をさまよう写真(フレーム)の姿へと変貌する。

『子午線通過』
shigosen-tuka.jpg16ミリ/5分/1977年

■ 子午線は存在するが目に見えない。その「目に見えないもの」を視覚化させる試み。理屈上、子午線は地上にも引けるが、できれば船旅で通過したいものだ。

『ハンマー』
hammer.jpg16ミリ/6分/1977年

■ 金づちの運動というのは「間」と「打」のデジタルコードである。それは「ON」と「OFF」であり、映像はその「2コマ」あれば、打撃のように生まれるのだ。

『エコー』
echo.jpg16ミリ/9分/1982年

■ 俳句がミニマルな空間を切り取って全世界を表現しようとする詩の形式だとするなら、まさに映像による俳句。水たまりの中に恒星を捉え、指の先で雲を描く。

『影踏み』
kagefumi.jpg16ミリ/15分/1983年

■ 影(映像)は、光源があって初めて存在する。現代社会は人工の光源に満ちあふれているが、有史以前それは太陽のみであった。遠き光源にオマージュを捧ぐ映画。



アンダーグラウンド・フィルムの金鉱
「居田伊佐雄作品集2」

『地球の石』(2006年11月25日(土) 17:00〜)
chikyu-no-ishi.jpg8ミリ/36分/1986年

■ タイムマシンに乗って人類発生以前の“Planet Earth”へ行ってみたとする。もしそこで、8ミリカメラを回したならば、このような映像が撮れるわけである。

『星の巣』
hoshi-no-su.jpg16ミリ/15分/1987年

■ 富士の裾野に出向いて3年がかりで完成させたという究極の自然科学映画。ミクロとマクロの対比がまことに壮大。タイトルは蜘蛛の巣に朝露が光って輝く様から。

『大きな石小さな夜』
okinaishi-chisanayoru.jpg8ミリ→ビデオ/13分/1991年

■ アートアニメーションと科学映画が止揚された名匠の超絶技巧作品。至高の域に達するには、例えばモーツァルトのように、シンプルで美しければ充分なのである。



アンダーグラウンド・フィルムの金鉱
「参考上映」

『猥雑』(2006年11月25日(土) 19:30〜)
waizatsu.jpg中村雅信/8ミリ/16分/1969年

■ 『猥雑』は中村雅信の処女作。1969年という大学紛争のど真ん中に武蔵大学キャンパスで撮られた。どんな政治臭い映画よりも活き活きと人間を写していると思う。

『原景の配当』
genkei-no-haito.jpg中村雅信/16ミリ/22分/1984年

■ 不景気な70年代が終焉し「おいしい生活」な80年代が始まった。83年からは「オールナイトフジ」も放送。そんな80年代テイストに溢れたエロ&ポップな作品。

『中村雅信という奇病』
nakanura-masanobu-kibyo.jpgしまだゆきやす/ビデオ/31分/2006年

■ 『猥雑』には〈第九〉が音楽に使われている。シラーの「歓喜のうた」は革命歌のようにも聞こえる。というわけで、中村さん本人にベートーヴェンを重ねてみた。



『短篇調査団(40) 地下鉄の巻』

『地下鉄』原題:Underground(2006年12月13日(水) 20:00〜)
1968年/6分/カラー/制作:カナダ国立映画制作庁

■ モントリオールの地下鉄駅を題材にした前衛映画。交通機関という観点からではなく、トンネルにこだまし、電車が疾走する場所として被写体にしている。

『東京の地下鉄』
1966年/27分/カラー/制作:電通映画社/企画:帝都高速度交通営団/
監督:森田実/脚本:八幡省三/撮影:川上清

■ 一千万人をこえる人口をもつ大東京の交通事情は、破局といわれるほど深刻化している。都市交通における地下鉄の役割、優秀な諸施設、列車運行を守る陰の力、技術などを紹介する。

『便利になった都営地下鉄―1,000万人の話題―』
1980年/10分/カラー/制作:東京都映画協会/企画:東京都都民生活局

■ 新宿―岩本町間の開通により、営業キロ数で我が国第三の地下鉄に成長した都営地下鉄は、国鉄や営団地下鉄との連絡により、便利な都民の足となっている。各線の主要駅と周辺の様子を紹介する。

『花ともぐら』
1970年/15分/カラー/制作:学習研究社+エコー/
プロデューサー:原正次・神保まつえ/脚本・監督:岡本忠成/
原作:星新一・和田誠/脚本:坂間雅子・来道子/音楽:広瀬量平/
人形アニメーション:見米豊・真賀里文子・及川功一/ナレーション:岸田今日子

■ ハナコちゃんがかいた草花のせわをするモグラの絵が、風にのってひみつの研究所にとび込んだ。それを見た研究所ではかんちがいの結果「ロボット・モグラ」を作り上げてしまう……星新一「花とひみつ」を人形映画化。

『くっさく―地下鉄千代田線建設記録―』
1970年/30分/カラー/制作:日本映画新社/企画:帝都高速度交通営団/
プロデューサー:小笠原基生/監督:下田逸穂/脚本:平山治/撮影:福田晴之

■ 地下鉄千代田線。国鉄常磐線綾瀬と小田急線代々木上原を結び相互乗入れする全長23kmの大幹線の工事記録。



川口肇映像個展 【人造の時間】

『粒子束』(2006年12月16日(土) 15:10〜)
8ミリフィルム/3分/1991

■ それは世界の広がりか、あるいは粒子のグラデーションか。凝視による移行。

『青(世界/2)』8ミリフィルム/3分/1994
『cliche kitchen(1993)』8ミリフィルム/3分/1993
『portrait(世界/5)』8ミリフィルム/3分/2000

■ 8ミリフィルムの長時間露光(バルブ撮影)による光の描画。9月の月山の青い空、昼寝する猫、そして女性の肖像。

『prominence』8ミリフィルム/3分/1991
『inter-face(世界/3)』8ミリフィルム/3分/1996
prominence.jpg

■ 長時間露光と言葉の組み合わせによる展開。太陽光によってフィルム上で燃え上がるバラ、フィルムに削り込まれた作者と、それをとりまく世界。

『AQUARIUM』
aquarium.jpg16ミリフィルム/7分/1991

■ 「映写」(投射された光)によって空中にイルカを描き出す。光は対象を照らすものであると同時に映像そのものでもある。フレームの中と外、消失する境界。そして基底現実としての肉体感覚。

『eyelids(世界/6)』
8ミリフィルム/3分/2001

■ ゆっくりと、瞼を開いてゆくカメラ。瞼の向こうには、瞼を開いてゆく人。そこに生まれる視線。無数の視線を多重露光技法によって混合する。アノニマスに変質する、親密な視線。

『POINT1415』
point1415.jpgビデオ/24分/1996

■ 猫の死を契機とした、ここではないどこかへの視覚の彷徨。冷徹な定数によって紡がれる世界/ビデオ。

『CORRIDOR』
corridor.jpgビデオ/11分/1994

■ ビデオダビングを繰り返す。電子の回廊をくぐり抜けるうちに失われ、付加される何か。それは、ビデオ自身が望んだもの?

『Air』
8ミリフィルム/ 6分/1992

■ 現実の風景から粒子の絵画へ、此岸から彼岸へ。

『filmy』(2006年12月16日(土) 17:00〜)
filmy.jpg8ミリフィルム/5分/1988

■ 映画のフレームの中の時間と観客との同期が外れた刹那、映像は前景化する。映画と我々の間の限りなく薄く、かつ、遥かな距離。

『un-recognizable』
8ミリフィルム/4分/1988

■ 再撮影による輻輳・干渉。それによる視覚的なパターンである映像そのものへの還元。

『鏡面 Mirror Surface』
kyoumen.jpgビデオ/15分/1990

■ 空を映す、冷たく硬質な鏡としてのビデオ。それは実と虚との間を交差する。

『reaching』
ビデオ/12分/1992

■ リュミエールのフィルム「列車の到着」。写っている人々は全て、既にこの世を去っているが、映像の中では列車はまだ到着していない。動きによって生じる人造の時間。人形のような、死者のダンス。到着し続ける列車。

『Mechanical Kitchen』
mechanical_kitchen.jpgビデオ/20分/1993

■ 人工現実の生成装置としてのビデオの側面。閉ざされた時間と空間とを変質させ、時間を作り出す。

『MIR』
mir.jpgビデオ/15分/2004

■ 日常の一瞬に現出する1/128倍速の超スローモーション・ビデオ空間。一瞬の中に存在する無限の時間。ファンタジーとリアリティの狭間に存在する「ビデオ」の本質。

『位相 Phases of Real』(2006年12月16日(土) 19:00〜)
iso_phases_of_real.jpgビデオ/30分/1997

■ 何気ない日常と、祖母の葬式。画面上のテロップ文字とコンピュータ音声によるナレーションによって人間関係を巡る物語が語られてゆく。メディアと現実。真実と虚構。

『異相 Variant Phases ver.7.6』
iso_variant_phases.jpg ビデオ/51分/2001

■ 1秒間あたり30枚の連続写真。これはビデオ装置自身にとっての揺るぎない現実。ここから「外」に向かって展開を始める。作品のそれぞれの相における“真実”。上映と追加制作を繰り返すことによって現実を織り込むことを繰り返すなか、物語が転がり始める。“現実”とは何か? “作者”とは何か?

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