2006年上半期に neoneo坐 で上映した作品

〜2006年上半期の企画〜
短篇調査団(21)『富士の巻』『TV WORKS Vol.1』前編
『TV WORKS Vol.1』後編短篇調査団(22)『船の巻』
『マンゴと黒砂糖』 映画の上映と朗読の会短篇調査団(23)『税金の巻』
『中島崇映像作品集』百歳の映画作家 樋口源一郎
プログラムA
百歳の映画作家 樋口源一郎
プログラムB
百歳の映画作家 樋口源一郎
プログラムC
百歳の映画作家 樋口源一郎
プログラムD
短篇調査団 EXTRA
百歳の映画作家 樋口源一郎
まぼろし傑作選」
慶應義塾大学藤田修平研究会
「ドキュメンタリー・プロダクション」
卒業生作品上映会
短篇調査団(24)『目の巻』
土屋豊監督特集
『〜メディアと国家とアイデンティティ〜』
短篇調査団(25)『憲法の巻』
短篇調査団(26)『川の巻』韓国 VS 日本ショート・アニメーション
『Aプログラム』
韓国 VS 日本ショート・アニメーション
『Bプログラム』
韓国 VS 日本ショート・アニメーション
『Cプログラム』
韓国 VS 日本ショート・アニメーション
『Dプログラム』
韓国 VS 日本ショート・アニメーション
『Eプログラム』
韓国 VS 日本ショート・アニメーション
『Fプログラム』
韓国 VS 日本ショート・アニメーション
『Gプログラム』
韓国 VS 日本ショート・アニメーション
『Hプログラム』
短篇調査団(27)『寄席の巻』
短篇調査団(28)『大阪の巻』『鈴木志郎康 極私的に二日間上映会』
『科特隊 動詞映画まつり』1回目短篇調査団(29)『どろぼうの巻』

『短篇調査団(21) 富士の巻』

『富士山―その植物社会―』(2006年1月25日(水) 20:00〜)
1973年/23分/カラー/制作:記録映画社/プロデューサー:古川正思/
演出・脚本:上野耕三/撮影:古川直木

■ 自然界に対する認識を高めようとするもの。富士山にスバルラインが通り、シラビソの林が枯れた。林内のバランスが崩された為らしい。植物社会のバランスをさぐる。

『富士山を測る』
1994年/24分/カラー/制作:桜映画社/企画:大成建設/
プロデューサー:村山英世/演出・脚本:山田和広/撮影:木村光男・大野洋

■ 富士山の高さが初めて測られたのは江戸時代で、明治以降測量技術の発展と共にその高さは書き替えられてきた。その測量の歴史と共に、今までの直接水準測量法と最新の「GPS測量」を比較紹介し、これらの技術の応用を展望する。

『日本人の富士』
1980年/43分/カラー/制作:生物映画研究所/企画:富士銀行/
プロデューサー:上島雅文/演出・脚本:愛川直人/撮影:鈴木信之

■ 富士山は日本人の心のふるさとである。北海道から九州まで、季節を追って有名な八つのふるさと富士を紹介し、その周辺にくらす日本人の姿を描いたドキュメンタリー。


『TV WORKS Vol.1』前編

ディレクター ◎ 玉井勇夫 の仕事
【戦火を離れ 期限付きの平和を過ごす兵士たちを見つめる】

現代の映像『ベトナム帰休兵』(2006年1月28日(土) 13:00〜)
『ベトナム帰休兵』1966年/30分/白黒 撮影◎古賀正博

■ 1965年の北爆以来、戦火が拡大するベトナム戦争。戦闘に疲れたアメリカ兵の若者たちが戦火の南ベトナムを一時離れ、平和な日本での期限付きの休日を楽しむ姿を描く。

プロデューサー ◎ 諏訪秀樹 の仕事
【ムービーカメラの前に曝け出された戦争の真実の姿 ・・・】

NHKスペシャル『戦争を記録した男たち ファインダーの中のベトナム戦争』
(2006年1月28日(土) 13:35〜)
『戦争を記録した男たち』1991年/75分/カラー&白黒 ディレクター◎吉川武宏・角 英夫

■ ベトナム戦争は映像で記録された最初の戦争だった。北ベトナム・アメリカ両軍のカメラマンたちはファインダーの中に何を見たのか。戦線の両側で死を目撃した男たちのヒューマンドキュメント。

ディレクター ◎ 小沢 爽 の仕事
【一日70キロ踏破!高校生活のハイライト “強行遠足” 】

『いつもでない一日〜北見北斗高校の強行遠足』(2006年1月28日(土) 15:10〜)
『いつもでない一日』1970年/50分/カラー 撮影◎磯野 真ほか

■ 北海道北見の高校で1932年から続く伝統行事「強行遠足」。夜明け前のスタートから最終走者のゴールまでの12時間を8台のカメラで記録。“いつもでない一日”の高校生達の姿を描く。

ディレクター ◎ 龍村 仁 の仕事
【NHK史上有数の異色作!家出少年はシブヤで何を見たか?】

人間列島『18歳男子』(2006年1月28日(土) 16:05〜)
『18歳男子』1971年/30分/白黒 撮影◎松原武司

■ 寺山修司に憧れて16歳で家出し渋谷のラーメン店で働く18歳の若者“ビーちゃん”の日常を追いながら、都会の底で漂い続ける若者たちの意識を探っていくルポルタージュ。龍村仁監督のNHK時代の作品。

ディレクター ◎ 工藤敏樹 の仕事
【第五福竜丸の数奇な軌跡から 平和運動の現実を捉えた名作!】

『廃船』(2006年1月28日(土) 17:00〜)
『廃船』1969年/80分/白黒 撮影◎葛城哲郎

■ 東京・夢の島の一角にうち棄てられていた第五福竜丸。この船が辿った数奇な軌跡とその保存を巡って揺れ動く人々の姿を、当時の平和運動の現実とからませながら描いた壮大なドキュメンタリー。

ディレクター◎ 西川 啓 + カメラマン◎ 中野英世 の仕事
【被爆二世の少女と写真家・東松照明が結んだ絆・・・珠玉の映像詩!】

『静かに時は流れて〜長崎の少女と写真家の歳月』(2006年1月28日(土) 18:40〜)
『静かに時は流れて』1999年/50分/カラー 構成◎西川 啓 撮影◎中野英世

■ 左目を失明した被爆二世の少女シズカと彼女の家族を40年近く記録してきた写真家・東松照明。彼らの姿を見つめながら、そこに流れる静かな時間を16mmフィルム撮影の映像詩で綴る。


『TV WORKS Vol.1』後編

ディレクター ◎ 小泉三郎 の仕事
【水俣→大阪 “巡礼” の旅・・・加害企業と向き合う患者たち!】

現代の映像『チッソ株主総会』(2006年1月29日(日) 13:00〜)
『チッソ株主総会』1970年/30分/カラー&白黒 撮影◎橋山英二・湯浅正次

■ 企業城下町での孤立を乗り越え、加害企業を相手に訴訟に踏み切った水俣病患者たち。大阪市で開かれるチッソ株主総会に自ら一株株主となって乗り込んだ患者たちの苦難の状況を描く。

ディレクター ◎ 萩野靖乃 の仕事
【TV史上に残る衝撃作!大村収容所で目撃した 朝鮮半島との断層】

NHK特集『密航』(2006年1月29日(日) 13:35〜)
『密航』1980年/50分/カラー 撮影◎高橋 清

■ 長崎県・大村収容所に初めてテレビカメラが入り、韓国への強制送還の船を待つ人々の話を中心に密入国の実態を取材。密入国者の住居の手入れや連行、韓国漁船の捜索などから国家と国民の問題を考えさせる。

ディレクター ◎ 片島紀男 の仕事
【『三鷹事件』の片島Dが追う家族の中の国境線】

NHK特集『二つの祖国〜中国残留日本人孤児』(2006年1月29日(日) 15:00〜)
『二つの祖国』1986年/50分/カラー 撮影◎一迺穂秀高

■ 終戦の混乱の中で中国に残された日本人孤児。肉親と巡り合って永住帰国した後も、離婚・養父母との生き別れ・日本側家族からの永住帰国の拒絶など深刻な問題を抱える彼らの姿を追う。

ディレクター ◎ 片島紀男 の仕事
【『三鷹事件』の片島Dが追う無頼派最期の肉声】

NHK特集『命もえつきる時〜作家 檀一雄の最期』(2006年1月29日(日) 15:50〜)
『命もえつきる時』1987年/45分/カラー 撮影◎土屋裕重

■ 無頼派作家・檀一雄がガンに冒された死の床で長編小説「火宅の人」最終章に取り組む姿を、彼の死から10年後に発見された口述筆記の録音テープから辿っていく。

ディレクター ◎ 伊藤 純 の仕事
【日・中・台 滔々と流れる時間を生きた三姉妹の大河ドキュメント!】

『宋姉妹〜中国を支配した華麗なる一族(前後編)』(2006年1月29日(日) 17:00〜)
『宋姉妹』1994年/75分×2/カラー
香港ATV+カナダTVO+韓国KBS共同制作
共同演出◎重延浩・伊藤真・蘇暉
撮影◎土屋裕重・松田弘行・重本正

■ 「中国革命の父」孫文の妻・宋慶鈴と蒋介石の妻・宋美鈴、そして宋一族の繁栄を築いた宋靄齢。中国現代史で重要な役割を果たした三姉妹の生涯を描いたドキュメンタリードラマ。


『短篇調査団(22) 船の巻』

『日本の北洋漁業』(2006年2月8日(水) 20:00〜)
1965年/20分/カラー/制作:岩波映画製作所/
プロデューサー:田中清広/演出・脚本:田中実/撮影:小村静夫・西川芳男

■ サケ・マスを中心にして、日本の北洋漁業の現状を実際について描く。北洋に長期ロケして撮影。

『巨大船をつくる』
1968年/29分/カラー/制作:シュウ・タグチ・プロ/企画:三菱重工業/
プロデューサー:田口寧/演出・脚本:松尾一郎/撮影:弘中和則

■ 世界最大のディーゼル船ベルゲフス(20万6千重量トンタンカー)の建造に動員された三菱重工長崎造船所が世界に誇る数々の研究、設備、新技術の紹介。

『幽霊船』
1956年/11分/カラー/制作:千代紙映画社/
演出・作画・撮影:大藤信郎/音楽:平井康三郎

■ 海賊船が貴族の船を襲い、男は皆殺しに。女は捕虜に。姫は自殺する。何年か後、海賊船は貴族の亡霊船に遭遇し、同士討ちで全員死ぬという因果応報を描く影絵アニメーション。

『赤道直下の一本釣り』
1983年/30分/カラー/制作:黒田プロ/
演出・撮影:黒田輝彦/音楽:大久保正人

■ 遠洋カツオ一本釣り船に同乗し、漁場に達するまでの船内の様子、そして勇壮な一本釣りによる操業の様子などを克明にとらえている。


『マンゴと黒砂糖』映画の上映と朗読の会

『マンゴと黒砂糖〜今年もふるさとに帰る南洋群島帰還者たち〜』(2006年2月11日(土) 15:00〜・17:30〜)
『マンゴと黒砂糖』2004年/DV/95分
監督:鯨エマ/撮影:押兼聡史/
音楽:長谷川美喜子/ エンディング「永遠に響かせたなら」しゃかり/
後援:南洋群島帰還者会・JAL/制作:海千山千

■ サイパンやテニアン、ロタなどの南洋群島には、戦前、たくさんの日本人が移民し、サトウキビ畑を開拓しながら地元のチャモロ族とともに平和に暮らしていた。太平洋戦争で、玉砕にあってから60年余り。引揚者はいまだに子や孫を連れて、お墓参りと同窓会の旅を続けている。戦争にもつぶされずに、いきづいている人間の絆をクローズアップしたドキュメンタリー映画。


『短篇調査団(23) 税金の巻』

『資本の世界』(2006年2月22日(水) 20:00〜)
1960年/20分/カラー/制作:日映科学映画製作所/
企画:東京証券業協会/プロデューサー:片田計一/演出:村田達二/
脚本:加藤松三郎/撮影:高野潤

■ 投資家が株に対し投資した資金は、資本となって産業を興し明日の繁栄と幸福を約束する。株式がどの様に産業を動かしているか、又どの様な恩恵をもたらしているか。代表的産業の活躍面と証券取引の実況を描きつつ資本の世界の紹介をする証券貯蓄PR映画。

『税金はこわくない」 "Tax is not a four-letter word"
1967年/9分/カラー/制作:カナダ国立映画制作庁/
演出:マイケル・ミルズ Michael Mills

■ みんなから誤解されている税務署員についてのミュージカル・アニメ。税金が本当に人々のために使われているということを理解させた税務署員が人々から嫌われなくなるという話。英語版。

『ほけん物語』
1966年/17分/カラー/制作:日生劇場映画部/企画:日本生命/
プロデューサー:二宮吉朗・島田一路/演出・脚本:菅家陳彦/
アニメーション:大西清アニメプロ/音楽:草川啓/解説:田中明夫

■ 原始時代から動物は本能的に協力して外敵に当り、中世に致って保険の必要を感じた人々は組織的に運営するチエを得て、今日の保健業の基礎となった。

『株券のはたらき』
1976年/15分/カラー/制作:TCJ/企画:東京証券取引所/
演出:鳥居宥之/脚本:辻真先/撮影:柳田久次郎・石井章雄

■ 小中学生を中心に、会社組織、証券取引に関する知識が白紙という初級者を対象に正確な基礎概念を展開。株券のはたらき、証券取引所の役割、株価はどのように決まるかなどユーモラスなアニメで解説。

『コインエイジを迎えて―創業百年の造幣局―』
1971年/30分/カラー/制作:岩波映画製作所/企画:大蔵省造幣局/
プロデューサー:広橋育治/演出:原功/脚本:康浩郎/撮影:吉国秀幸

■ 明治4年4月4日、造幣局が事業を始めて昭和46年の今日で創業100年を迎えた。映画はその簡単な歴史と、今日コインの時代を迎えて、造幣局で造られる貨幣を100円玉を例にとりその過程を示す。


『中島崇映像作品集』

『南岸沿』(2006年2月25日(土) 14:00〜)
8ミリ・3分・1971年

■ 今はどうか知らないが、僕の青年時代にはモノを創ろうとする人間はたぶんみんな旅に出ることに憧れた。映画フィルムは高価なので、僕は写真を使ってその感じを得たいと思い、友人を出演させて7枚の連続写真を撮った。野外公会堂の客席の向こうの林の中から男が現れて、手前に来て、再び去っていくという単純なナラティヴを試してみたわけである。
3年後に、この写真の存在を思い出して映画にしてみたいと思った。写真を映画カメラで接写して、ほかに2種の実写の映像を何カットかに分けて挟み込んで3分の、3つの要素から成る映画を作り上げた。この3つのイメージは互いに相反する。第一のレベルとして、止まっている映像(写真)、自然体で動くもの(カーテンの揺れ)、誰かが恣意的に動かしているもの(光の回転)の3種。第二のレベルとして、遠くから近くまで(公会堂が舞台の写真)、近いもの(日常的に見る時間の多いカーテン)、遠いもの(様子が判然としない光の回転)の3種。
文字通りの時間・空間に関する映画定義を自分なりに解釈して、「旅」の映画を作ってみた。ここでいう旅とは、例えば天に旅立つといった大袈裟な垂直思考ではなく、この地表のどこかに向かう奥行きとしての移動を示している。(中島崇)

『サンセット』
8ミリ・7分・1972年

■ 8ミリカメラを持って旅に出てみた。別にアーティスト気取りの人でなくてもそんなことはみんなやっている。そして、みんなムービーカメラを構えることに煩わしくなる。僕の場合は、撮るべき友人も恋人も家族もいない。だからよけいに煩わしい。
正月休みに一週間いただけの釧路湿原。茫洋にして広大、水平線ばかり。単なる紀行フィルムにならないためにはどうしたらよいか? ひとつ気がついたことがあった。「この風景はいい」とシャッターを押すが、しかしシャッターを止める瞬間が判らないのだ。ここにムービーカメラの煩わしさがある。何かを撮ろうと躍起になると、煩わしさを超えて孤独感が蔓延する。
写真を撮るようにやってみようと考えた。かくして、(部分的だが)カットの短い瞬間的な像の連なりが出来上がった。撮った映像を素材として扱う今日的なビデオ映像の概念からはなれて、フィルムで撮ることの主体性を探求していた時代の映画。(中島崇)

『セスナ』
『セスナ』8ミリ・19分・1974年

■ 『セスナ』はシネマークではじめて発表されたものだが、正直なところ私はひどく衝撃を受け、めったに味わえないレベルで興奮した。それは7コマを一単位とする三種類の異なる画面が、ちょうどつづれ織りのように交互により合わされ、しかも各画面は少しづつ位相をずらしながら、徐々に同一運動のリピートと、けいれん的なスリップ効果をともないつつ次の画面に転じてゆくという構造をもっており、かつ、その被写体がたえず写真の複写からその写真の外の実写にまではみだしてゆくとか、各単位としての7コマにすべてアンダーからオーバーへの露出変化が加えられ、その結果映写の流れに規則的なフリッカー効果が生じるなど、きわめて複雑で緻密な作られかたをした作品なのだ。そう言っても言葉ではわかりにくいと思うが、この中島の『セスナ』は、コンセプトの卓抜さと独創性、その魅惑的なイメージ、20分にわたるムラのない密度の高さにおいて、私はなにも昨年度のシネマテークとかぎらず、これまで日本でつくられたあらゆる個人映画のなかでも、最も高いレベルに達した作品の一つとなっていることを疑うことができない。(松本俊夫・『幻視の美学』<フィルムアート社刊>より)

『UP-STAIRS』
8ミリ・7分・1979年

■ キリコの絵画から発想したイメージ。ここには人物は一切登場しないが、静的な画面のなかで唯一動いているのは、複数のテレビモニターのなかに繰り返し現れる上昇する旅客機である。その轟音を聞いて、キリコの絵の空中に浮遊する奇妙な物体や生き物を連想することはできないだろうか。
この映画の舞台である日本間に、あらかじめ撮影されたモニターの映像を投影するなどのトリック撮影を試みた。遠近感のバランスが不均一な階上の空間。(中島崇)

『7つのサイン』
8ミリ・15分・1979年

■ 映像も音楽も小鳥の鳴き声も、すべて・・・・ありもので構成された映画。何度か同じレコードを聞いてその曲が好きになるように、映画もそんな状況が作られないかと考えた。また、中世の宗教画やブリューゲルの絵画には、一枚の絵の中に様々な箇所で物語が含まれているのに対して、映画はなぜかくも主人公に視点が集中する作りになっているのかという疑問から生まれた映画でもある。
借り物の素材ゆえに、プライヴェートな会のみで上映。そういえば、この頃ローリングストーンズの演奏練習風景を繰り返し撮ったゴダールの『ワン・プラス・ワン』も作られました。(中島崇)

『捜査』
8ミリ・3分・1984年

■ 3分間映画特集のために作られた映画。音の発生源に関するものである。対話と沈黙が交互に進行し、やがて少女1が蜘蛛の死骸に耳をかたむけると、もう一人の少女2が少女1の耳を通して何かを聞き取ろうと試みる。「沈黙」の伝言ゲーム。(中島崇)

『埋もれた話』
『埋もれた話』ヴィデオ・9分・2003年

■ この作品は、重力と時間の恐怖に怯える、作者の中にある少年の感受性についての作品です。
物が落下するのは重力という地球の中心まで引き寄せるとてつもない力が原因だったことを知ったときの恐怖。それから、子供がいつまでも子供でいられない原因であるところの、時間がどうしても流れていってしまうことへの恐怖。私は子供のときにこれらの恐怖に悩ましい思いをさせられましたが、中島崇もおなじだったことを『埋もれた話』を観て知りました。それだけではなくて、「膝」についてのパートで虚空をどこまでも落下する夢について語られていますが、私も子供のときに、どうしても虚空に落ちてしまうという夢に執拗に付き纏われました。
『埋もれた話』にはふたりの登場人物がいます。ひとりは木の上に登っている男で、もうひとりは地面に立って木の枝に糸で吊るされた林檎を見上げている女の子です。木の上の男は作品の後半でマイクに向かってナレーションを語っていますから勿論作者の分身です。地面に立っている女の子も作者の分身ですが、こちらは見下ろされ語られているほうですから作者の心のなかにいる子供時代の作者です。
林檎の齧った痕に乳歯が刺さったままになっているというパートで、乳歯と永久歯の交代という、重力と人生の時間を背景に持つ痛みと理不尽さの記憶を軽く喚起させたあと、林檎を吊るしてある糸が鋏で切られます。誰が切ったのかといえば、木に登っている男が切ったのですから作者が切ったのです。切られた林檎は、落下する林檎越しに見える女の子の体の部分からの連想で重力と時間の恐怖の記憶について語ることができるように、画面に合成され、開き直ってゆっくりと落下します。林檎は作者によって木に吊るされ、作者によって糸を切られ、作者によってゆっくりと落下させられるのです。都合のよさがやんわりと意図的に強調されています。女の子は、後で合成されて落下する林檎など当然視野に入っていないといわんばかりに、始めに林檎が吊るしてあったあたりを見つめたままです。中島崇の構造映画的センスの光る展開です。
林檎が女の子の顎を通過するときにイングリッド・バーグマンとハンフリー・ボガートの顎ばかり写した映像が出てきます。このパートだけが重力と時間の恐怖との関係が明確でないのですが、それは言葉で説明しようとすると難しいというだけで、やはり関係あると思います。顎は頬の筋肉を緩めれば重力でだらりと垂れ下がるし、バーグマンとボガートの顎とくれば性的なイメージで侵略してくる大人の世界といえるでしょうから、人生の時間にまつわる恐怖と無関係ではないと思います。私も子供のころアン・マーグレットとロバート・ボーンの顎が気になってしかたなかったものです。また、バーグマンとボガートの顎ばかり再撮影したこの映像を見ていて、ハリウッド・ミュージカルの画面の中心を外して床だとかテーブルの隅といったそれだけでは意味をなさない部分ばかりを再撮影して私をうならせてくれた『7つのサイン』(1979年)の作者らしいセンスだなと思いました。
最後のパートで女の子が姿を消します。女の子が消えたあとの足跡から蒸気があがって地面が陥没します。自分のなかにある重力と時間の恐怖を見つめ、奈落の暗闇に落ちてはいけないと真剣な面持ちで語った作者の分身が慌てて木から下りてきて女の子を探します。足跡が陥没したのだから地面の底の暗闇に落ちていったのかなと思ったけれど、地面が陥没する前に姿を消したのだから何処か別のところに、たとえば明るい空気の中に姿を消したのかもしれません。作者の分身が探しにいったくらいだから、女の子の行方は私にも謎です。
映像が虚構であることを意識した中島崇のクールな視線は『埋もれた話』でいつにも増して健在でした。一見曖昧に見える表現を駆使した巧妙で詩的な作品だと思います。(居田伊佐雄)

『FIVE DAYS』(2006年2月25日(土) 15:30〜)
『FIVE DAYS』ヴィデオ・52分・2003年
撮影:中島崇・吉本直聞
音楽:大谷健太郎(「Ostinato」より) 出演:半間正

■ 2001年の自分のメモ的な日記から5日分を取り出し、それぞれに異なるアプローチから脚色を施した。日々は連続しているようでいて、断続した1日1日の集合であることを特にここでは強調してみたかった。その5日間には順に「ENTRANCES」「もののうらは白い」「教会の住人」「REMAKE」「ゼロについて」の副題がついている。主観、客観を織り交ぜることで、より普遍的な事柄が浮き出てこないかと密かに期待していた。そして今のところの結論はこうである。「かつて異常に繁栄していたり、やたら数の多かったものが、いつしか驚くほどあっけなく衰退し数が激減している」
ここにあるものは虚飾、模倣、表面的なものから受ける期待感であり、私がそれをビデオカメラで撮ることでまた新たなコピーがつくられる。自分や、過去の映像作品を含めて、見てきた世界をそっくり「モノマネ」できないかと考えた。(中島崇)

PART 1ーENTRANCES
■ 私が少年時代を回想するとき、いつも記憶のスクリーンに最初に映し出されるのは入り口の風景である。乾物屋を営んでいた少年時代の友人の家は、店に外の光が差し込んでくるように配置されているので、その奥の住居は一年中薄暗い。入り口の見せかけが住人の経済基盤を作り出す重要な要素なのだ。

PART 2ーもののうらは白い
■ 透明なガラスに包まれた電話ボックスは一目で内部を観察することができる。外部から見える欲望の塊となっていて、その大衆の期待に応えようと誰かが大量のピンク・チラシを貼り付けた。そのチラシ群のどれもが、裏返してみると例外なく空白である。

PART 3ー教会の住人
■ 外観にあらゆる趣向を凝らし客人に入り口をくぐらせようとする風潮は、1970年代半ば以降のことである。その嚆矢ともいえるホテル泉の主人は欧米建築の感覚を採り入れ、自身は「ものまね」の達人である。半生のすべてをイミテーション思考で貫き通した。2002年にホテルを廃業し、今は置き土産のような存在となった。

PART 4ーREMAKE
■ 『FIVE DAYS』のイメージを素材にし、1974年に私が制作した映画『セスナ』の映画的技術を応用して作ったサイレント・ムービー。ワンカットが0.4秒で綴られたこの時間的なコラージュ手法は、「適度な情報過多の時代」の産物である。

PART 5ーゼロについて
■ あらゆる価値観を解体してゼロの時点を作り出すのが、かつてのアヴァンギャルド芸術だった。いまそれを模倣することが可能だろうか? 引用にまた引用を重ね合わせ一見意味のない創造を企ててみる。それはちょうど、何十年経っても一向に歳をとらないテレビ・アニメ「サザエさん」の登場人物たちに生真面目に疑問を投げ掛ける行為に似ている。(中島崇)

『公園に来る人々』
『公園に来る人々』ヴィデオ・14分・2004年

■ 10月のある朝、新聞の地方版に載っていた小さな記事に眼が止まる。昨日の早朝、20代から30代の男性の死体が見つかったというのだ。その凄惨さとは裏腹に、事故現場から川を隔てた公園では能天気なアイドルマニアたちを集めた撮影会が開催されている。
参加費一万円を出して集ったアマチュアカメラマンたちが手にしている写真機は、ほとんどアナログ機種のものである。カシャカシャとシャッター音がすることが重要なのだ。プロっぽく行為することに意義がある。
東京の片隅の公園で起こる様々な現象。カメラはこの様子をとらえたのちに、天空高く遠ざかり、やがてまた別の公園へと着地する。完全にプロにはならない人たち、完全にホームレスにならない失業者、完全に芸人にはならない漫才コンビ。公共の場というのは、そういう人々が求める所なのだろうか。(中島崇)


『百歳の映画作家 樋口源一郎〜生命(いのち)のスペクタクル』
プログラムA

『真正粘菌の生活史―進化の謎・変形体を探る―』
『真正粘菌の生活史』1997年 28分 カラー VIDEO版(オリジナル16mm)
制作:シネ・ドキュメント 企画:樋口生物科学研究所
研究・脚本・演出:樋口源一郎 研究・撮影:石井董久
解説:和田篤

■ 胞子から誕生した粘菌アメーバは、遊走細胞から休眠体のシストへ、そして融合し大きな多核の単細胞の変形体となる。変形体内のダイナミックな原形質流動、休眠体の菌核、子実体形成までの変幻自在な生活史を紹介する。

『きのこの世界』
『きのこの世界』2001年 47分 カラー VIDEO版(オリジナル16mm)
制作:シネ・ドキュメント 企画:樋口生物科学研究所
研究・脚本・演出:樋口源一郎 研究・撮影:石井董久
解説:和田篤

■ キノコには倒木などを腐朽分解するものと樹木の根に菌根をつくり共生しているものがあり、森林の成立と物質循環はキノコが担ってきた。キノコと植物や虫との関わりなど、森の中の小さな世界を新しい視点で追求する。

『樋口源一郎監督 トーク in ゆふいん 2002』
『トーク in ゆふいん』2005年 10分 カラー VIDEO
記録:ゆふいん文化・記録映画祭
出演:樋口源一郎監督 石井董久カメラマン

■ 2002年5月「第5回ゆふいん文化・記録映画祭」で、当時96歳の樋口監督が作品のテーマや創作の秘密などを情熱的に語った貴重なトークショーの様子。ダイジェスト版での上映。


『百歳の映画作家 樋口源一郎〜生命(いのち)のスペクタクル』
プログラムB

『生命の流れ 血液を探る』
『生命の流れ』1967年 26分 カラー 16mm
制作:電通映画社 企画:第一製薬
演出:樋口源一郎 脚本:八幡省三
撮影:鈴木喜代治・山中真男・浅野勲
音楽:間宮芳生 解説:宮田輝

■ 血液は血漿、赤血球、白血球、血小板という有形成分から成り立っている。その一つ一つの働きと巧妙な仕組みをとらえ、生体の不思議さと総合的な血液像を描く。

『菌と植物の共生―VA菌根菌を探る―』
『菌と植物の共生』1999年 28分 カラー 16mm
制作:シネ・ドキュメント 企画:樋口生物科学研究所
研究・脚本・演出:樋口源一郎 研究・撮影:石井董久
解説:和田篤

■ VA菌根菌は植物の根に共生し、リンやミネラル分を供給し、炭水化物をもらっている。その生活史を詳しく映像化し、農業や緑化事業への応用を探る。

『女王蜂の神秘』
『女王蜂の神秘』1962年 33分 カラー 16mm
制作:桜映画社 企画:中外製薬
脚本・演出:樋口源一郎 撮影:小林一夫
音楽:間宮芳生 解説:川久保潔

■ ミツバチの情報伝達の手段である特異なダンス、仕事の分業、生殖行動、女王蜂の役割などを克明にとらえ、ミツバチ社会の神秘を明らかにする。ベニス国際記録映画祭青銅賞をはじめ、海外でも評価の高い傑作。


『百歳の映画作家 樋口源一郎〜生命(いのち)のスペクタクル』
プログラムC

『長崎の子』
『長崎の子』1949年 20分 白黒 VIDEO版(オリジナル16mm)
永井隆・編「―長崎の子供らの手記―原子雲の下に生きて」より
制作:大洋映画 脚本・演出:樋口源一郎
撮影:村上喜久男 音楽:岸清・池ケ谷一郎
演奏:東京マンドリンソサイティ

■ 爆心地の近く、在校児童1,300人あまりが原爆の犠牲となった山里国民学校(現・山里小学校)の生徒たちの手記を原作とした短篇劇映画。アメリカ占領下の厳しい規制の中で「あの日」の描写に精一杯の表現で挑んでいる。

『野中兼山 流れる河は生きている』
『野中兼山』1987年 25分 カラー VIDEO版(オリジナル16mm)
制作:シネ・ドキュメント 企画:四国電力
脚本・演出:樋口源一郎 撮影:石井董久
音楽:深沢康雄 解説:伊藤惣一

■ 四国土佐藩、江戸時代の鎖国日本でルネッサンス的視点を持った家老がいた。朱子学による遠大な理想を基に自然改造を実行した野中兼山。独創的な治水工事や港湾造成など、今も生きている総合開発の足跡を紹介する。

『弘法大師 空海』
『弘法大師 空海』1988年 43分 カラー VIDEO版(オリジナル16mm)
制作:シネ・ドキュメント 企画:四国電力
脚本・演出:樋口源一郎 撮影:石井董久
音楽:深沢康雄 解説:和田篤

■ 四国にはさらにルネッサンス的な宗教家がいた。奈良から平安時代への転換期に宗教改革に打ち込んだ空海は修行の中で自然を学び、宗教、芸術、科学を総合的に探究した。その多才な性格と人間像をさぐる。


『百歳の映画作家 樋口源一郎〜生命(いのち)のスペクタクル』
プログラムD

「たのしい科学」シリーズ
「たのしい科学」制作:岩波映画製作所 企画:八幡製鉄

■ 岩波映画初のTVシリーズ「たのしい科学」は、1957年からの約5年間、日本テレビ系で日曜夕方6時に放送された。桑野茂や樋口源一郎らベテラン監督の指導のもと、田原総一朗ら若手スタッフが多数巣立っていった。

No.42『動物の口』
1958年 14分 白黒 16mm
脚本・演出:樋口源一郎 撮影:江連高元
それぞれの異った特徴ある動物の口。その口の形態や機能が動物たちの生活環境によってどのようにちがっているか、主に哺乳類の口について、食物の食ベ方を観察する。

No.51『磯の生物』
1959年 14分 白黒 16mm
脚本・演出:樋口源一郎 撮影:並木菊雄
生物の棲みにくい荒磯にも様々な生物が棲息している。生物がそれぞれの環境に適応した生活をしていることを理解させる。

No.86『プランクトンの話』
1959年 14分 白黒 16mm
脚本・演出:樋口源一郎 撮影:賀川嘉一
海の中で流れのままに漂うプランクトン。動物プランクトンと植物プランクトン、子供の時期だけをプランクトンで過ごす種など、それぞれの生態を捉える。

No.77『植物の生長』
1960年 14分 白黒 16mm
脚本・演出:樋口源一郎 撮影:斉藤栄二
水、温度、酸素以外に植物の生長に必要な生長ホルモン。その働きを実験から解説する。

『細胞性粘菌の生活史―単細胞から多細胞へ―』
『細胞性粘菌の生活史』1982年 15分 カラー 16mm
制作:シネ・ドキュメント 企画:樋口生物科学研究所
脚本・演出:樋口源一郎 撮影:石井董久
解説:和田篤

■ 細胞性粘菌のアメーバ誕生から、集合して一つの形成体をなし、光を求めて移動し分化するまでを記録する。単細胞から多細胞への移行、細胞分化という生物学上未解決の問題点を探る。


『百歳の映画作家 樋口源一郎』
まぼろし傑作選

『微生物と工業』(2006年3月14日(火) 19:45〜)
1969年 30分 カラー 16mm
制作:電通映画社 企画:科学技術庁 脚本・演出:樋口源一郎
撮影:小林正・青島一夫 解説:山形定房

■ 条件さえ与えれば無制限に繁殖する微生物の生活力、その生活力を利用する新しい工業への夢は意欲的に高まっている。目に見えない微生物と工業の重要性を広く訴える。

『結晶をつくる』
1971年 30分 カラー 16mm
制作:東邦シネプロ 企画:科学技術庁 演出:鮫島亀祿 脚本:樋口源一郎
撮影:市川雅啓

■ 結晶を作り出してゆく人間の営みを描き出すと共に、自然が奥深く持っている摂理を捉え、自然界の根源までさかのぼって考えていく。

『東ドイツの旅―ドイツ民主共和国の文化―』(2006年3月15日(水) 19:45〜)
1975年 30分 カラー 16mm
制作:シネ・ドキュメント 脚本・演出:樋口源一郎 撮影:中尾駿一郎
解説:和田篤 制作協力:ドイツ民主共和国カメラDDR

■ ポツダムを振り出しにバルト海の古い港ロストック、芸術の都ドレスデン、バッハで名高いライプチッヒ、ゲーテやシラーが活躍したワイマール、ハルツ山地を通り東ベルリンへ。

『街道に残る文化財』
1974年 27分 カラー 16mm
制作:東京都映画協会・日本記録映画作家協会 企画:東京都教育庁
脚本・演出:樋口源一郎 撮影:中尾駿一郎・小松浩・武井大・谷沢一義 解説:藤ひろし

■ 東京に残る道路を古代・中世・近世(江戸時代)の三時代に分け、各々がその時代の政治や庶民生活と結びついた大きな特徴を示していることを、文献を材料に具体的に描いていく。

『雨に考える』(2006年3月16日(木) 19:45〜)
1966年 22分 カラー 16mm
制作:東邦シネプロ・信和広告 企画:アイデアル丸定商事
脚本・演出:樋口源一郎 撮影:香西豊太 音楽:間宮芳生 解説:黒沢良・大塚利兵衛

■ 雨が降れば傘がいる。目下全盛を誇る折畳洋傘、その改良に生涯をかけた一人の男の姿を通して新しいものを考えていくアイデアの尊さを訴える。

『明日をきずく』
1965年 31分 白黒 16mm
制作:アジア映画 企画:貯蓄増強中央委員会 脚本・演出:樋口源一郎
撮影:河西吉彌 照明:桑名平治 音楽:間宮芳生 解説:八木治郎

■ ますます複雑化する社会の中で、都会生活はどうあるべきか。川崎市郊外にある末長住宅。70世帯の人々の生活を追いながら、民主的かつ合理的な生活のこれからの姿の一例を示す。

『廣重』第一部 浮世絵師群像・第二部 廣重の旅(今と昔の東海道)(2006年3月17日(金) 19:45〜)
1955年 47分 白黒 16mm
制作:北欧映画 企画:東京都教育委員会 脚本・演出:樋口源一郎
撮影:木塚誠一 解説:高島陽

■ フランス印象派の作家たちに強い影響を与えた浮世絵をあらゆる角度から追求した2部作。特に廣重と北斎を掘り下げた。国立博物館未公開作品を撮影。


慶應義塾大学藤田修平研究会
「ドキュメンタリー・プロダクション」
卒業生作品上映会

『天草の静かな旅』(2006年3月26日(日) 16:30〜17:00)
『天草の静かな旅』(森内貞雄 監督作品/2006年/DVCAM/30分)

■ 熊本県天草出身の大学生である監督。高校生の頃に亡くなった父と、台湾人の母の歴史を尋ねるために、正月に帰省した様子をカメラに収めた。天草の青い海に囲まれて育った自分と、母、弟、妹、そして父といった家族の何気ない風景を切り取り、次第に一人立ちしてゆく青年の優しい眼差しを記録したドキュメンタリー。

『還暦野球』“Kanreki Baseball”(2006年3月26日(日) 17:05〜17:35)
『還暦野球』(金森誠 監督作品/2005年/DVCAM/30分)
2005年度秋学期優秀卒業制作作品
Tartan Road Film Festival正式出品作品

■ 60歳以上の還暦野球チーム “湘南ドリームズ” には、71歳のエースピッチャー、直向なスコアラーといったさまざまなバックグラウンドを持つ人々が所属している。60年以上もの間多様な人生を歩んできた選手達の、時に病気や老いといった問題を抱えながらも、野球をすることに生き甲斐を見出している姿を見つめたドキュメンタリー。


『短篇調査団(24) 目の巻』

『見る』(2006年4月12日(水) 20:00〜)
1975年/25分/カラー/制作:岩波映画製作所/企画:科学技術庁/
プロデューサー:高橋宏暢/演出:佐藤圭司/脚本:松丸耕作/撮影:吉瀬昭生

■ 人間は目と大脳でものを見る。<見る>ということはどういうことか。様々な反転図やコンピュータによるシミュレーション・アイカメラによる視点の動き、錯視図などを通してその意味を探る。

『こどもは見ている』
1955年/20分/白黒/制作:日映科学映画製作所/
プロデューサー:石本統吉/演出・脚本:八木仁平/脚本:中村麟子/撮影:佐藤登

■ 我々の身近で頻繁に起っている極めて通俗的な問題を、子供たちの目を借りてこの映画に取り上げてみた。大人の世界で常識化されている日常生活の考え方や行動が「民主社会のルール」として果たしてよいかどうか、改めて考える機会を持ってもらうためである。

『めがね小僧』
1958年/50分/白黒/制作:民芸映画社/プロデューサー:松丸青史/
演出:宇野重吉/脚本:久板栄二郎/撮影:荒牧正/出演:宇野重吉・小夜福子ほか

■ 内気なためにめがねをかける勇気のない進少年が、義父をはじめとする家族の暖かい愛情によってめがねをかけるようになる。


土屋豊監督特集
『〜メディアと国家とアイデンティティ〜』

『From kuukyo』(2006年4月22日(土) 13:00〜)
『From kuukyo』(1990年/3分34秒)

■ 単一の大きな中心から多数の小さな中心へという変換が急速に行われている。しかし、その小さな中心は個人の主体性とは全く逆の個人を無化することによるメディアとの共生体だと思う。電子テクノロジーによる新しいネットワークの中で自らの記憶もフリーな状態になるだろう。この時、国民統合の象徴はあまりに空虚で、単純に時代遅れだ。
(土屋豊/1990年/「SCAN'90 第14回ビデオアート新作公募入選展」パンフレットより)

『ヒトリジャナイシ、ヒトリニナレナイ』
『ヒトリジャナイシ』(1992年/4分59秒)

■ これは「私の部屋」という課題に対する作品です。私の部屋は私の脳と同じように、あらゆる方向に向かって開き、そして限りなく私に向かって閉じています。様々な回路に接続されたその中で、私は麻薬中毒者のように、情報の消費をやめることができません。夜、ひとり部屋にもどっても、スイッチをOFFにしない限り、私はひとりではなく、そして決してひとりにはなれません。私は私に向かって閉じきってしまおうとしながら、同時に接続された回路を開けているのです。時々、何か大きなものにからめ取られそうで不安になります。私という主体の位置がはっきりしないからです。つまり、これは「受けるだけだと身体に悪い」という作品なのです。
(土屋豊/1992年/「第2回ふくい国際青年メディアアートフェスティバル」パンフレットより)

『Identity?』
『Identity?』(1993年/3分02秒)

■ 私はツチヤユタカであって、ツチヤユタカではない。いくらツチヤユタカであり続けようとしても、ハイスピードな情報に翻弄される。メディア環境の加速度的進化によって、世界で同時に同じ物語が展開され得る現在、「ツチヤユタカ」などという貧弱な人格、あるいは肉体を引きずってはいられない。消去された人格、肉体の分だけ自由であること、新たなる主体の「編集」とその「発信」。必要なのはこのことだ。私は、ツチヤユタカというひとつのメディアとして発信し続け、大きなシステムに小さなほころびを作っていきたいと思う。
(土屋豊/1993年/「第5回ふくい国際ビデオビエンナーレ」パンフレットより)

『あなたは天皇の戦争責任についてどう思いますか?<96.8.15靖国篇>』
『天皇の戦争責任』(1997年/53分00秒)

■ 「あなたは天皇の戦争責任についてどう思いますか?」こう尋ねる時、今でも「天皇」のところで口ごもってしまいそうになる。別に天皇を批判しているわけではないのに、他人にインタビューする時、一瞬、ためらってしまうのだ。この自分自身の中にある"イヤな感じ"を壊すためにこのシリーズを作っている、と言ってもいい。「国民統合の象徴」のことを、普通の人が普通に話せないというのは、どういうことなのか?
そこで、今回は思い切って8月15日の靖国神社でインタビューしてみた。元兵士、遺族達の経験から発っせられる言葉には、やはり、重みが感じられた。そして、その人達の心を上手くコントロールする天皇制というシステムを怖いと思った。だから、風穴を開けていかなければならないのだと思う。「あなたは天皇の戦争責任についてどう思いますか?」と尋ねる時の"イヤな感じ"がある限り、私の心もコントロールされ、統合される可能性があると思うからだ。
(土屋豊/1997年/「民衆のメディア連絡会」ニュースレターより)

『新しい神様』(2006年4月22日(土) 14:20〜)
『新しい神様』(1999年/99分)

■ 私は、ずっと出口を探している。
この日本を覆う空気、あらかじめ全てをあきらめてしまったかのような虚無、あるいは、そこから何も生み出しようもない、自分以外のモノへの思考停止の依存は何なんだろう? 高度資本主義の強迫から生まれた、拠り所を求めて浮遊する個? 確かにそうかもしれない。国家、会社、学校、あるいは家族という近代の物語が崩れていくと同時に個人の価値観が問われ始めた。私たちは漂っている。
でも、拠り所なんていらないんだ、ということをなぜ、人は言わないのだろう?「大きな物語」はもう終わったのだ。自らコントロールできない物語など、私はいらない。自律した個人同士のミクロな関係性にこそ、出口があると思う。そして、そこからはじめて「私たちの物語」が始まるのだと思う。
この作品の主人公、雨宮さんは、民族派右翼思想に救われたと言う。社会と自分の接点を見い出し、虚無からぬけ出せたと言う。でも、民族主義者の雨宮さんは、雨宮さんではない。
〜主義を背負った途端に、人は自分を見失う。彼女は、ビデオカメラと向き合うことによってそのことに気づき始めた。
『新しい神様』は、ビデオカメラを通じたコミュニケーションの映画でもある。観て頂いたあなたと一緒に考えたくて、私は、この作品を作った。右翼、左翼、〜主義など、どうでもいい。私が作ったのは、あなたに対する精一杯のビデオレターである。
(土屋豊/2000年/「新しい神様」公式サイトより)

『PEEP "TV" SHOW』(2006年4月22日(土) 16:15〜)
『PEEP “TV” SHOW』(2003年/98分)

■ 21世紀の幕開けに僕らは世界の裂け目を目撃した。21世紀の幕開けにふさわしく、ブラウン管から無差別放射を浴びたのだ。その壊滅的な打撃について愚鈍なヤツらは気づきもしない。僕らのグラウンド・ゼロとは、あなたの足元のことではなかったか? あのふたつの高層ビルに突っ込んだふたつの火の玉の美しさの秘密について、僕らはそろそろ語り始めなければならない。そうしなければ全ては手遅れとなるだろう。
(土屋豊/2004年/「PEEP "TV" SHOW」公式サイトより)


『短篇調査団(25) 憲法の巻』

『アニメ 日本国憲法』(2006年4月26日(水) 20:00〜)
1989年/15分/カラー/制作:ワイズ/演出:平田敏夫

■ 主権在民、平和主義、基本的人権の尊重を3大特色とする日本国憲法を、以前の大日本帝国憲法と比較しながら、そのしくみをわかりやすくアニメで描く。

『憲法と私たち』
1960年代/10分/白黒/制作:東京都映画協会/企画:東京都広報室

■ 戦後の憲法はどこまで生活の中に浸透しただろうか。残念ながらまだ関心が薄い。憲法を知らずして憲法は守れないことを訴える。

『愛国心』
1960年代/30分/白黒/制作:日本教育テレビ/企画:東京都教育庁

■ 戦前の日本の愛国心は宗教的感情にまで高まっていたが、現在の愛国心は暴力とつながっている。では真の愛国心とは?

『子どもたちの昭和史 第4部 焼け跡に青空をみた』
1986年/39分/カラー/制作:日本電波ニュース社/企画:東京都教職員組合/
プロデューサー:野田耕造/演出:秋葉重雄/撮影:石垣巳佐夫

■ 敗戦直後の東京は一面の焼け野原。その中で教師も子どもも民主主義の理想にもえていた。教室での小学生の討論風景、ニュース映画、当時を振り返る回顧談で戦後教育の出発点をみる。


『短篇調査団(26) 川の巻』

『流域賦―かわものがたり―』(2006年5月10日(水) 20:00〜)
1991年/30分/カラー/制作:東北映画制作/企画:東北電力/
プロデューサー:金津芳知/演出・脚本:小島義史/撮影:田島侃宜

■ 山の尾根に別れを告げた、滴りは、岩肌の苔を走りひしめき合い、谷川となって山を下る。豊穰の沃野に穏やかな水の回廊をめぐらし、川辺の暮らしを水面に写して綴られる物語は東北の心であり魂である。

『多摩川 第一部・その風土と歴史』
1973年/25分/カラー/制作:日本記録映画作家協会/企画:東京都教育庁/
演出:徳永瑞夫/撮影:野村又新・高尾義照

■ 多摩川の厳しい自然とたたかいながら生活してきた人々の歴史や、多摩川周辺の風土を、文化遺産を背景に紹介している。

『京都の川』
1971年/34分/カラー/制作:英映画社/企画:近畿日本ツーリスト/
プロデューサー:高橋銀三郎/演出・脚本:青山通春/撮影:宮下英一・長井貢/
音楽:真鍋理一郎

■ 京都の文化が成立した必然性及びその文化の性格を、山城平野の自然と人間の歴史の中に探ろうとする。



『韓国 VS 日本ショート・アニメーション』Aプログラム

『臥佛』
(2006年5月13日(土) 13:00〜・5月16日(火) 19:00〜・5月21日(日) 17:30〜)
『臥佛』イ・ヨンペ/1991年/4分30秒
※1992広島国際アニメーション映画祭で上映

■ 20世紀の韓国を生きてきた人々の苦難やその克服への意志を描いたこのセル作品は、昔から同じ場所でいつも彼らを静かに見つめ続けた臥仏のように生の持続を希望する。

『ビルボード・サイン』
イ・ヨンペ/1992年/4分40秒

■ 都会のド真ん中をスケートボードに乗って疾走する少年。
彼が過ぎ行く、消費資本主義に染まり物質万能主義に喘ぐ韓国の都市を描いたセル作品。

『源泉封鎖』
『源泉封鎖』イ・ヨンウク/1995年/1分15秒

■ 80年代末から90年代に日常的に見られた不審検問をテーマに韓国社会を風刺したドローイング作品。
犯人逮捕、情報収集、証人確保等のために、警察官職務執行法3条に明示された不審検間は、国民の頭の中まで検閲し統制する。

『見よ! 東方を』
チョン・ドンヒ/1995年/3分35秒

■ 高句麗文化と大陸的な気性を高句麗壁画のイメージで、外国の侵略に屈しなかった民族の魂の象徴を弥勒仏として描いた。
切り絵技法にCGを応用して制作し、弥勒仏が民衆に直結する場面ではモーフィングを用いた。

『路地の外で』
『路地の外で』ユ・ジニ/1996年/4分

■ 貪欲と競争が乱舞する社会のどこかに、清貧を貫く名も無い人生があることに期待を込めて作られた作品。
パンーつで喜びを分かち合う老婆と子どもに希望のメッセージを託した。

『失われた箱』
ナ・ギヨン/1996年/4分52秒
※1996広島国際アニメーション映画祭で上映

■ 一羽の鳥が文明の段階を表す柱に降り立ち、箱に変身して新たな文明の命を宿す。箱の中で人類文明が発展するが、戦争と環境破壊が激化し、白己破壊をもたらして箱を失う…。コンピュータによる写真コラージュなどで作成。

『OPEN』
〜作品データは後日アップいたします〜
『恋人』
『恋人』イ・ソンガン/1996年/12分

■ 白分のサディスティックな行為によって傷ついた女を、恋人であったと合理化しようとする男。
しかし、現実に彼は加害者でしかなく、男の矛盾した精神は白分の正体に分裂症をきたす。

『オ・モ・イ』
『オ・モ・イ』いけゆき くにたえり もときみさ/2006年/2分

■ うさぎの頭の中で考えている事が繰り広げられるコマ撮りアニメーション。
主人公トイは電車に乗っていた。もう一度、飼い主である少女に会うために。
「必ずまた会えるから」
その言葉を信じて。

作家プロフィール
2005年倉敷芸術科学大学入学、8月から自主制作でクレイアニメーションをはじめる。現在2年次在学中。同学年「くにたえり」さん「もときみさ」さんと共にチーム「ことり」を組み、制作している。「オ・モ・イ」は大学1年時最後の作品。

『Study! Study?』
『Study! Study?』石井あみ/2002年/2分19秒

■ 大学院の修了制作です。初めての人形アニメーション。
宿題をしたくない、主人公の平田智美は、正義の味方マンに助けを求めます。すぐにやってきて、代わりに宿題をしてくれた味方マン。
喜ぶ智美が、ノートを開けてみると、そこに残されたのは…

作家プロフィール
広島出身。
2000年 広島市立大学国際学部 卒業
2002年 広島市立大学芸術研究科映像情報造形専攻 修了
2003年 イギリスに短期留学をし、The Three Month Bristol Animation Course, University of the West of England, Faculty of Art,Media and Designで、アニメーションを学ぶ。

『good-bye song』
『good-bye song』壱岐紀仁/2005年/5分

■ 二年に渡ってカメラ片手に保育園で子供と戯れ、そこでの記録を基にアニメーションと合わせながら構成していった作品です。子供を見るつもりが、見られてた気がします。怖い。
(ちなみにN○Kのみんなのうたとは無関係ですよ!)

作家プロフィール
1980年 宮崎県生(現在25歳)
2003年 武蔵野美術大学 映像学科卒業
2005年 多摩美術大学 グラフィックデザイン学科 修士課程終了
2005年 (株)東北新社 企画演出部入社
プサン国際映画祭/招待上映
リスボン国際映画祭/招待上映
バンクーバー国際映画祭/招待上映
ロサンゼルス・アジアン映画祭/招待上映
アジアデザインコンペ/準グランプリ
AMUSE ART JAM/グランプリ
東京アートコンペ/ヤノベケンジ賞
RESFEST/入選
デジタルスタジアム/アニメーション監督森本浩司セレクション殿堂入り
NHKドラマ 「オーダーメイド」/エンディング映像演出

『おふろ』
『おふろ』隅田栄子/2006年/3分30秒

■ 以前シャワーを浴びていた時何かがポロっと床に落ちました。
一瞬それが目の様に見えたので驚きましたがよく見たところ夕飯のシイタケでした。
その体験を元に作品に取り掛かりました。
ガラスのキャンバスの上で砂利、ゴミ、生肉、栗、油絵の具などを動かしてます。
素材と色で見せる変化に挑戦し、いい影が出るよう注意をしました。

作家プロフィール
2005年2月御茶ノ水美術専門学校卒制展で初のFlashアニメーション
『絵似子』発表、校長賞を受賞し東京都美術展に出展。
IF付属映像研究所アニメーションコースで1年アニメーションを学び、2006年3月の卒制展で「おふろ」を発表

『夢の徘徊』
『夢の徘徊』鈴木美智子/2006年/4分30秒

■ 個人のものの観え方というフィルターごしにしか姿を表さない世界と、個人との距離感を作品にしました。

作家プロフィール
武蔵野美術大学映像学科4年

『ムシノユメ』
『ムシノユメ』KTOOONZ/2001年/1分

■ 恋人と手をつなぎ眠るムシの見る不思議な悪夢。ムシは太古の記憶を見たのかもしれない。
目覚めたムシを夢のムシが見つめている。

作家プロフィール
代表者中村景子。1966年東京生まれ。1992年より手描きアニメーションの制作を始める。
1993年から自主制作アニメーション発表グループ「アニメーション80」に参加。
2000年に長編作品『地獄的天使』(現在製作中)制作のためにKTOOONZを立ち上げる。
2002年、CG carnivalに参加、2003年、東京国際アニメフェア2003クリエイターズワールドに参加。
2004年、映画『オーバードライヴ』にキャラクター制作及びアニメーションで参加。
2005年4月より、アニメ、イラスト、ウェブマンガ等のWEB作家活動を開始。

『蛾のいるところ』
『蛾のいるところ』清家美佳/2001年/5分24秒

■ 一人の女性が、自分の居る位置が変化してしまう集合住宅に住んでいる。
ある日、1匹の蛾が部屋に舞い込んで来る。
彼女は蛾を増殖させ、その度に部屋の位置は変化するが、
増殖し続ける蛾がうっとうしくなり、自分の意志で蛾を消してしまう。
蛾がすべて消えると部屋は一階まで下がり、彼女は地面や木のある風景を目にする。

作家プロフィール
Vancouver International Film Festival (カナダ:2002)
Holland Animation Film Festival 2002(オランダ:2002)
International Film Festival Rotterdam(オランダ:2003)

『蟻の生活』
『蟻の生活』浅野優子/1994年/14分10秒

■ パペットアニメーション。部分的に平面のアニメーション、スライドなども使っている。
メーテルリンクの、同名の昆虫記からイメージを膨らませて作った作品。
蟻の社会には、全体でひとつの意思があるように見える。それがこの作品のテーマでもある。

作家プロフィール
東京生まれ。高校生のとき、自主制作の8mm映画の制作に参加。
武蔵野美術大学で油絵を専攻しながら、アニメーション、オブジェ、人形の制作を始める。
グループ「アニメーション80」に発足時より参加し、上映会活動を行う。
国内外の映画祭などにも多数出品。アニメーションの制作においては、最初のうちは、紙に動画を描いていたが、しだいに実写、切り紙、立体、写真など様々な技法を組み合わせて表現するようになってきた。
上映歴 KROK'95(ウクライナ)、トロント国際短編映画祭(カナダ)他



『韓国 VS 日本ショート・アニメーション』Bプログラム

『公無渡河歌』
(2006年5月13日(土) 14:30〜・5月17日(水) 19:00〜・5月21日(日) 16:00〜)
ナ・ホウオン/1999年/3分
※2000広島国際アニメーション映画祭で上映

■ トイレットペーパーが白髪の狂人のほつれた髪に変化し、波、雲、狂人の妻の踊りへとつながる。
狂人を呑み込む渦巻きが便器の渦巻きにオーバーラップされ、生と死、現実と想像、聖と俗が混沌と共存する世界。トイレットペーパーをフィルムのように扱い撮影したアニメーション・ショットを実写と融合させた作品。歌は日本でも知られる韓国歌手リーチェ。

『蓋』
イ・ワンギュ/1999年/5分

■ 地下室。頭に蓋のついた主人公がやっとの思いで蓋を開けると、その中からもう一人の自分が出てきて…。不条理なクレイ・アニメーション。

『IN THE ROOM』
『IN THE ROOM』イ・サンミ/1997年/1分15秒

■ ー人の男がクローゼットの前に立って、いろいろと服を試している。
やっと服装を決めた時に一人の女がやって来て…。

『雨傘』
『雨傘』イ・ソンガン/1997年/14分
※1997イメージフォーラム・フェスティバルで受賞、
1997広島国際アニメーション映画祭で上映

■ 戦争で生きる意欲を失った画家が自殺する瞬間の回想。
人形を拾った子どもが木の根元に隠すが、洪水で流される。
洪水が去り、子どもが小川を訪ねると…。

『ヒッチコックのある一日』
『ヒッチコック...』アン・ジェフン+ハン・ヘジン/1998年/7分17秒

■ ヒッチコック映画の映画的アイディアや小道具、カメラワーク等をそっくり日常に移し、私たちが見る日常の中にそれらが隠されていることを表現したセル作品。

『時計』
イ・ウンシルほか/1998年/3分15秒

■ 秒針は自分の労働力が時針や分針に比べ多いことを知って憤慨する! あらゆる努力の末、時計を止めることに成功するのだが…。愉快なドローイング作品。

『空想家』
『空想家』野上寿綿実/2005年/2分52秒

■ 雲の上で目を覚ました男の話し。

作家プロフィール
1979年生まれ。
2005年、京都造形芸術大学卒業後、水戸に活動の拠点を置く

『光量子』
『光量子』水上弘/2004年/3分20秒

■ 私の目の前に移ろう風景は幾億の光の粒となって網膜/CCDに到達します。
微小な細胞/素子に起きる膨大な光電効果が、私にとっての「世界」となります。
今も光は踊っています。誰に見られることもなくとも。

作家プロフィール
イメージフォーラム付属映像研究所20期卒、『太陽風』2000年 他。

『雪かと思った』
『雪かと思った』笹川阿沙子/2005年/6分

■ 絵の具のにじみ、色の重なり、紙のしわをきっかけに、どんどん新しい形、私の妄想が描きたされていく。
描き込み移動式コマ撮りアニメーション

作家プロフィール
1979年新潟県出身
2003年東北芸術工科大学映像コース卒業
JDAF2003ファイナリスト
2004年宝塚映画祭宝塚OB会賞受賞
2005年長岡アジア映画祭奨励賞受賞

『walker』
『walker』谷岡昭宏/2005年/3分

■ プログラムのグリッドの上を歩くロボット、限られた空間とコードで繋がれ鉄でできているロボット。
この二つは、同じロボットとして描いている。
歩くということに対照的な無限と有限な世界。
物質としてのロボットは、倒れるが歩く動作をやめない。
歩くために作られたロボットが歩く世界は、有限の世界ではなく、無限の世界ではないだろうか。

作家プロフィール
8mm・16mmフィルムを用いアニメーションを制作、又自家現像もします。
自主上映会[KinoAnimage]のメンバーとして活動しています。
ドイツハノーバー国際映画祭[up-and-coming] 上映
ASK映像コンペティション 入選

『納涼アニメ 電球烏賊祭』
『納涼アニメ 電球烏賊祭』新谷尚之/1993年/5分20秒

■ ボンヤリと暗闇に浮かぶ裸電球をテーマに、自由連想的に作った作品です。
8ミリフィルム独特の、夢を見ているような感触を生かすように作りました。

作家プロフィール
1963年生、大阪デザイナー専門学校アニメーション科卒
本作品は「伊丹映画祭グリーンリボン賞」「神奈川映像展」で上映。再編集版がMTVジャパン で『IKAMATSURI』として放映。
HP「ようこそ幻のソドム城へ

『スクリプティング・ゴースト』
『スクリプティング...』倉重哲二/2004年/17分

■ 拾ってきた机には幽霊が憑いていた。主人公と幽霊は奇妙な文章によるやり取りをはじめる。
しかし幽霊にコミュニケーションの意思はなく、書き写すという(しかも不正確な)行為に没頭していくのであった。

作家プロフィール
福岡県生まれ。九州芸術工科大学卒、イメージフォーラム付属研究所卒。
1999年頃からアニメーション作品を発表。今回の企画の日本側プログラム担当してます。
作家さん初め皆さん暖かく協力してもらって大変感謝しています。



『韓国 VS 日本ショート・アニメーション』Cプログラム

『耳歌』
(2006年5月13日(土) 16:00〜・5月18日(木) 19:00〜・5月21日(日) 14:30〜)
『耳歌』高橋慶/2004年/3分30秒

■ 耳から入って耳から出る不思議な世界。

作家プロフィール
1977年生まれ。
イメージフォーラムをフェスティバルをはじめ、美術館、ギャラリー、フリースペースなどで上映を行う。

『模様小島』
『模様小島』浅野優子/2003年/2分

■ 内容も技法もすごく迷いつつ作った作品。
絵コンテを描いては直して、結局最初に考えていたものとはずいぶん違う作品になった気がする。
タイトルは、美しい文様に満ちた小さな島(日本のこと)というような意味の、私が造ったコトバで、着物の柄などに見られる日本の模様に対する愛がテーマ。
なあんてことを考えていたのだったが、あまりに頭の中が混乱し、わけがわからなくなり、はからずもオートマティスムによる無意識の表出がシュール的色合いを濃くしている模様。

作家プロフィールは『蟻の生活』をご参照下さい。

『夜中の三時』
『夜中の三時』野上寿綿実/2006年/6分

■ ぷかぷかと湯気が上がって、しぱしぱとまばたきをし、
うつらうつらと静かに時間が流れていく。
午前「三時のお茶」を描く。

作家プロフィールは『空想家』をご参照下さい。

『怪談』
『怪談』壱岐紀仁/2003年/6分

■ 子供の頃の記憶を辿って作った、怪談話。
幼い頃、蛙が百年生きると河童になると信じていました。
この頃植田正治さんの写真に傾倒してて、以後アニメの中に自然と写真を用いるようになります。

作家プロフィールは『good-bye song』をご参照下さい。

『摩訶不思議』
『摩訶不思議』坂本サク/2000年/11分

■ 3人の人形たちが案内する摩訶不思議な世界。そこではあらゆる常識が奇妙に歪んでいた・・・。

作家プロフィール
1976生。フリーで映画等のタイトル映像、視覚効果、PV、CM、劇場アニメのデジタルエフェクト等の仕事を受ける傍ら、短編アニメーションを制作。
広島アニメーションフェスティバル入選、キリンアートアワード優秀賞、文化庁メディア芸術祭奨励賞など受賞、海外8ヶ国以上のフェステイバル等で上映される。

『LIKE SEX, THE FISH』
『LIKE SEX, THE FISH』キム・ビョンガブ/1999年/14分

■ 背景は絶対官僚社会。不安な現実を薬で紛らわす女。男の姿を持つFishは彼女と肉体関係を持つ。ある日女はFishに刑事から受け取った銃を渡し…。

『灰』
〜作品データは後日アップいたします〜


『韓国 VS 日本ショート・アニメーション』Dプログラム

『走れ!』
(2006年5月13日(土) 17:30〜・5月19日(金) 19:00〜・5月21日(日) 13:00〜)
『走れ!』青木純/2000年/30秒

■ 一人の男が人生を30秒で一気に駆け抜ける爽快デジタルアニメーション!

作家プロフィール
1981年 沖縄県生まれ
2003年 アニメーションの自主制作を始める
2006年現在東京芸術大学デザイン科4年次在学中
上映歴:「JVC TOKYO VIDEO FESTIVAL 2006」
「小田原映画祭プレイベント2006」など各所で上映、他受賞歴多数

『Lady……Go!!』
『Lady……Go!!』中西義久/2001年/1分45秒

■ 個人ベースで制作する特撮アクション映画として、日常の風景の中にSFXを持ち込み、非現実的な世界をつくり出しています。
アクションシーンは暴力的な表現は避け、単純に楽しめて、明るくインパクトのある、映像作品を目指しています。

作家プロフィール
1965年東京生まれ。1988年武蔵野美術短期大学卒業。在学時より主に1〜3コマ撮影、編集を使った短編作品を多数制作。
企業ビデオ、音楽ビデオクリップなど映像制作、デザイン、模型制作などを行う。
代表作:『crossing』(1996)、『roundscape mix』(1997)、『VENUS』(1999)、『Lady.....Go!!』(2001)

『コタツネコ』
『コタツネコ』青木純/2005年/1分20秒

■ 冬、コタツから決して動こうとしないネコのお話。
ダイナミックなアクションが見所の超短編パペットアニメーションです。

作家プロフィールは『走れ!』をご参照下さい。

『1 minutes Animations』
『1 minutes Animations』モリタダシ/2001〜2005年/6分

■ 1 minute Animation Festivalに参加してきた作品を一挙上映。
『はなび』2001年
『グリフ』2002年
『はなび2』2002年
『あの人D』2003年
『ダダダダンス』2004年
『パレード』2005年

作家プロフィール
1964年川崎生まれ。学生時代より「アニメーション80」で上映会活動を続け、不定期だけれど作品は作っている。

『BB爆笑新聞』
『BB爆笑新聞』Nook Communications Inc.(作・演出:木村廣志 アニメーション:猿渡重雄)/2002〜2005年/4分

■ 言語を使わずに、日々世の中で起きてる事象を、音楽とアニメーションによる感覚で評論する動画コラム

作家プロフィール
木村廣志はお笑い番組のテレビ・プロデューサー/演出家
猿渡重雄は油絵画家・アニメーション制作者

『―がんばれ受験生―CGで読む古典』
『がんばれ受験生』諸藤亨/2005年/2分45秒

■ 日本の古典文芸の世界を、葛藤する受験生の目を通して描く。歴史が織り成す人間絵巻か。

作家プロフィール
2001年頃から3DCGアニメーションによる自主制作を開始。
『6756博多』(2002)『鈴の名は』(2005)がゆうばりファンタオフシアター部門に入選するなど評価を受ける。

『Roboheart』
『Roboheart』積木一人+戸田かおり/2006年/5分20秒

■ 3DCGのショートアニメーションです。
作風は至ってノスタルジックで、絵本の様な仕上がりです。
物語に沿った作風にした結果、こうなりました。
キャラクターや背景の質感をより物語に相応しいものにする為にCGのテクスチャ、背景には水彩画を使用しています。
台詞等も詩的なものにまとめました。
物語の雰囲気や質感が十分に出せたと思います。

作家プロフィール
名古屋学芸大学メディア造形学部映像メディア学科在学
上映歴
2005年名古屋学芸大学校内展にて上映

『純粋な喜び』
『純粋な喜び』アン・ジェフン+ハン・ヘジン/2000年/27分30秒

■ アニメーター同士の飲み友達、チャンスとウソブを描いたセル作品。
ウソブは絵を描くことに充足し、家族を通じて社会を見る喜びを感じている。一方、チャンスは心温まる話を世に提供することを願っているが、そんな作品にスポンサーがつかないことは知っていた。
ある日、習慣の似顔絵描きで、彼は一人の少年を発見する…。

『形而上学的な蝶々効果の芸術的表現』
『形而上学的...』パク・キワン/2005年/24分10秒

■ 蝶々効果! 蝶々の羽ばたきが地球の反対側に台風を起こすことができるというアメリカの気象学者・E. Lorentsの理論である。
自分の存在に対する絶望と苦悩にはまってしまった少年と、寅さんのような遊び人の叔父さんとの奇妙な同居生活が始まる。少年は果たして絶望から立ち直る糸口を見つけることができるのか…。



『韓国 VS 日本ショート・アニメーション』Eプログラム

『あなたを招待したいです』
(2006年5月14日(日) 13:00〜・5月16日(火) 20:30〜・5月20日(土) 17:30〜)
『あなたを...』キム・アヨン/2003年/9分

■ 異色のホームドラマ。若くして夫を亡くしてしまった女は古い家族のしがらみの中で枯れていく自分の人生に憂鬱を感じる。そんな時に義理の姉さんの息子であろう青年の招待を受ける。その誘いが不倫に発展したとしても招待を受ける女は、しばし喪服の中に隠された人生のカラーを取り戻すのだが…。

『地獄』
ヨン・サンホ/2003年/11分11秒

■ 人間の不条理―死を恐れつつもそれを垣間見てみたいという妙な心理。
友人にいきなり襲い掛かる天使の人体解剖ショー。
ホラー映画をしのぐ衝撃の後に、天使がつぶやく。“逃げられるのなら逃げるがいい。その代わり捕まれば加重処罰が待っている”不幸中の幸いだと逃亡生活を送る男の悲劇。そこに描かれるのは死の地獄を凌駕する生き地獄。実写撮影とロトスコーピングを経て作られたリアリティー溢れる映像は追力満点である。

『花街』
『花街』チェ・ヒョンジュ/2004年/8分

■ アートの本質とは何か? ややもすると陳腐になりがちな困難な命題に、時に直球勝負で、時に変幻自在な変化球で挑んだ快作。
アートは現実の鏡であるだけでなく、その鏡に画家の意志を込めたとき、その光の反射によって現実に影響を与えるものである。
セメントとアスファルトと煤煙によってくすむ灰色の都市は人間の争いと憎悪を内包している。
カメレオンのパレットを操り、白然の色と光を復活させようとする画家の力強い筆使いが一種の爽快感を与えてくれる。

『涙、落ちる』
『涙、落ちる』ハ・サンモク/2003年/13分30秒

■ 愛のために両目を失った美しい女神、彼女を裏切った夜の帝王と、女神の両目を奪った西の女王。そして女神の涙を呑んでしまったために、死か女神の両目を取り返すかの岐路に立たされた蝶々。
3Dを駆使した精巧で華麗なキャラクターと豊富なディテールが見る者の視線を釘付けにする。
この世で最も美しい瞳をめぐる欲望と執着が、完成度の高いビジュアルで描き出されたファンタジー作品。

『Subway Gate 5』
『Subway Gate 5』イ・ヒョジョン/2003年/7分30秒

■ ただ人々を効率よく運ぶためだけの地下鉄と旅情を遮断する暗い鉄道。
しかし少しの愛情を持って無意味な空間にも誰かの生活の痕跡が残されている。
さらに少しの想像力を働かせば貴重なロマンを発見することができるかも知れない。
カメラを通して社会との接触を試みる青年と人々との触れ合いを通して描き出すもう一つのSubway Gateはとても粋な空間なのである。

『HAPPEN』
『HAPPEN』ミン・ドンソク+パク・チョンヒュほか/2004年/5分30秒

■ 3人の男が銀行から何かを盗み出して逃げ出した。
サイレンを鳴らし追走するパトカー。ヘリまで動員しての白昼の追跡劇。音楽をうまく使った緩急のある場面調節、スピード感のある編集、強烈なキャラクターと誇張された状況の連続が爽快さと愉快な笑いを誘う。3人の男がなぜ逃走しているのか。そのわけは最後のクレジットの段階で明かされる。見逃さないようにご注意を。

『ある日』
『ある日』フシギナ(藤田美和+木村有貴子+野田美波子)/2006年/5分30秒

■ この作品に登場する擬人化された動物達は、普段側にいる人達から少しずつ性質や姿をもらってそれ等をディフォルメしてつくりました。
特に新しい表現方法は使っていませんが、見てくれた人に少しでも楽しんでもらえたら素晴らしい事だと思いながら制作しました。

作家プロフィール
フシギナ:2005年からスタートした藤田美和、木村有貴子、野田美波子のアニメーション制作チーム。
今回が一作目。

『POTOLITAM』
『POTOLITAM』清水好美/2004年/3分33秒

■ 途切れ途切れにみる夢のように脈絡のない風景の中を歩きます。

作家プロフィール
Toronto Japanese Short Film Festival 2005(2005)
「アニメーション80」 第30回上映会(2004)
青空飢饉 第4回上映会(2004)
など

『スティンキー・ウィンキー』
『スティンキー...』KTOOONZ/2002年/1分30秒

■ 小悪魔スティンキーは一人丘の上で日の出を待っている。しかしそこに現れたのは不思議な女神(?)。彼女の手のひらの上でスティンキーは美しくも恐ろしい夢の世界を垣間見る。その世界から目覚めたとき、彼の目の前には清らかな朝の光がさしていた。

作家プロフィールは『ムシノユメ』をご参照下さい。

『まよいの森』
『まよいの森』KTOOONZ/1994年/8分30秒

■ 奥ゆかしい可憐な少女の初恋の物語。

作家プロフィールは『ムシノユメ』をご参照下さい。



『韓国 VS 日本ショート・アニメーション』Fプログラム

『岐路』
(2006年5月14日(日) 14:30〜・5月17日(水) 20:30〜・5月20日(土) 16:00〜)
『岐路』イム・ソンフン/2003年/5分

■ これまで絵画的伝統が優勢を占めていた韓国短編アニメ界においては異色と言える、実写的で迫力のある画面を見せてくれる。6.25朝鮮戦争の一面をリアルに描いたこの作品は、その内容以上に韓国のインディ・アニメーションの常識を覆す新たな製作システムを構築したとして高い評価を得ている。たった二人の創作家によって成しとげられたこの偉業は、韓国映画の大転換をもたらした『シュリ』に匹敵する、韓国インディアニメーションの画期的作品として記録されるであろう。

『モン』
『モン』クアク・キョンウン+キム・ミンギュほか/2004年/7分46秒

■ 家族の一員として生きていく子犬だが、子犬にはそれなりの苦労も多い。単純化された背景と童謡「子犬」の軽快なリズム、子犬だけを限定的に、執拗に追い続けるアングルなど、充分楽しめる短編アニメである。

『招魂』
『招魂』キム・ギナム+キム・ウンジュほか/2004年/14分

■ 日本の植民地時代、独立運動家と妓生(キーセン)の悲恋物語を描いた秀作。
ストーリーの変化にともなう場面の変化を演劇的な舞台セットとして表現し、さらに計算された照明効果とパンソリの韻律が見る者の集中力を切らさない。古典的な題材に伝統的な技法を駆使しつつも斬新な演出と緊張感で古典を再認識させた作品。

『I Love Sky』
『I Love Sky』イム・アロン/2003年/4分05秒

■ 雲が鮮やかに浮かぶ大空を爽快に飛ぶ白い熊。愛矯満点の大柄な熊ペコムの愉快な不運が爆笑を誘う。監督のイム・アロンは広島国際アニメーション映画祭で特別賞を受賞した実力者。デジタル技術とアナログ的な情緒がうまくミックスされた、アニメーションの魅力を満喫できる作品である。

『ソンの祭日』
イ・ソンヒ/2004年/8分50秒

■ 韓国には祭日症候群と呼ばれる女性たちがいる。家族の中で、女であるがゆえに負担の多い家族の法事。拘束と強要、不合理に腹を立て、家を飛び出すソン。しかし家族を愛しているし、母の苦労に同情する一面ものぞかせるソンの姿は、現代の平均的な韓国の若い女性像を見事に描き出している。

『世界の外へ』
キム・スジン/2004年/5分30秒

■ ニつのプロット。一つはふてくされた釣り人。もう一つは海中に捨てられた酒瓶の中に隠れ住む魚。二つの間に接点はない。しかし瓶の中での自閉的な生活の果てに体が大きくなり外に出られなくなった魚と、生きがいもなくただふてくされて釣りばかりする男の憂鬱な情緒が奇妙に絡まりあい味わいのある作品として成功している。

『その日に…』
『その日に…』チョ・スジン/2003年/5分36秒

■ 生命の神秘をイメージ化した作晶。女性と魚、珊瑚と赤ちゃんが自由に形態を変える絵画的想像力の美しさが光る作品。この作品が描き出す“誕生のその日の美しさ”は人間社会において常に歪曲を余儀なくされる。そのまま突き進むべきか、原初的な誕生の美しさに戻るべきか、神秘的な映像は私たちに静かに問いかけている。

『彼女はテーブルの上』
『彼女はテーブルの上』小川良子/2003年/7分

■ 食品に新しい形容詞を与えるための試み。
それが食べ物だと了解すると、人はそれ以上形容しようとしない。
ハンバーグは牛を殺してすりつぶしたものだが、そう呼ぶことによってハンバーグという言葉の中にきれいに収納され、そのことはもう顧みない。
観念や了解を取り去ったとき、食べ物はより美しく力強い。

作家プロフィール
愛知県出身 名古屋芸術大学卒業、東京都在住
現在、言葉と写真による作品『その形容詞を待ちわびる』をWEBサイト「PEELER」に連載中

『停止円』
『停止円』田端志津子/2005年/2分30秒

■ この作品のテーマは「一つの基準」です。
比較する対象が変わると、そのものの意味も変わってきます。
それを、人の体を使って表現してみました。

作家プロフィール
1972年札幌生まれ。2000年イメージフォーラム映像研究所卒業。
コマ撮りによる実写アニメーションを中心に製作中。
上映歴…
Independent Exposure Summer Edition 2005(アメリカ)
IMAGES FESTIVAL2006(カナダ)4月予定 )

『z reactor』
『z reactor』五島一浩/2004年/11分

■ 近似した二枚の静止画をディゾルブすると、通常の動画以上の立体感・移動感が感じられることがあります。
大袈裟に言えばそれは、本来は写っていないコマ間の情報を、見る者の脳が補完して認識するという映画の基本概念に(さらには空間認識の根本に)直接触れる体験のように思います。
この作品は、重層する都市―東京の姿を、連続する静止画とディゾルブだけで再構築しようとする試みです。

作家プロフィール
フリーの映像制作者として、ビデオ、マルチメディアコンテンツなどの制作に携わる。
『FADE into WHITE #2』(2000)でイメージフォーラムフェスティバル2001大賞受賞。
他、映像作品多数。
HP「Goshima Kazuhiro



『韓国 VS 日本ショート・アニメーション』Gプログラム

『ハミングジャック』
(2006年5月14日(日) 16:00〜・5月18日(木) 20:30〜・5月20日(土) 14:30〜)
『ハミングジャック』とっと/2005年/3分

■ ぶぅーん ぶぅーんぶぅーんえっ? えっ? あっ?
しゅわあああああああ〜

作家プロフィール
愛知産業大学産業デザイン学科卒滋賀県出身
「青空飢饉」、「Animation Tapes」、「アニメーション80」等上映会にて上映
また平面作品を「GELSAL」ヒロ杉山ブースにて出展

『ふたいてん』
『ふたいてん』田ノ上彩香/2005年/3分

■ 題名を全て漢字で書くと“不退転”。
ことわざ事典に載っていました。
意味は“へこたれずにがんばること”とても簡単な言葉です。

作家プロフィール
2003年1月 名古屋造形芸術大学 卒業展覧会
2004年2月 ANIMATION TAPES Vol.06
2005年3月 ANIMATION TAPES Vol.09
2005年11月 ANIMATION TAPES Vol.11
2005年11月 「ディジタルコース企画展〜むすびのわざ〜」

『羊水・世界』
『羊水・世界』山田紫麻/2006年/3分

■ テルミン奏者とのコラボレーション作品です。
テルミンの音から子宮内、胎児の世界をイメージして、映像を作りました。

作家プロフィール
武蔵野美術大学映像コース大学院1年

『水の円環』
『水の円環』島由美+KINOPP(SOUND)/2003年/2分40秒

■ 水をイメージして音楽を作ってもらい、それに合わせて制作しました。

作家プロフィール
1964年東京生まれ。
武蔵野美術大学在学時より個人アニメーション制作を始める。
現在、会社員をしながら制作を模索中。

『鳩が鳴いている』
『鳩が鳴いている』桑山佳代子/2005年/3分

■ 夜中に目が覚めて、底知れないこわさを感じることがありました。
それはお化け的なものではなく孤独感のようなもので、これまでになかった感じでした。
お化けがこわいと思いながら、のんきで平和な気持ちにつつまれて眠っていたじぶんを幸せに思いました。

作家プロフィール
1974年生まれ。愛知県在住。
多摩美術大学美術学部芸術学科卒業。
岐阜県立国際情報科学芸術アカデミー(IAMAS)
マルチメディア・スタジオ科卒業、研究生修了。
現在、名古屋造形芸術大学コンピュータ室勤務。
2000年より映像作品制作を学び始めて、現在に至っています。
アニメーションのような映像作品をつくっています。
HP「k a y o k o k u w a y a m a

『a lullaby』
『a lullaby』桑山佳代子/2006年/3分

■ 孤独感のようなものはこれから齢を重ねるにつれてますます強くなるかもしれないけど、わたしを励ますものがあるといいと思う。

作家プロフィールは『鳩が鳴いている』をご参照下さい。

『CO-CO』
『CO-CO』安達倫子/2006年/3分

■ 弧ー個 円ー縁 ○ー月 ヒトーモリ 過去ー未来
この様ないろんなつながりをイメージしてできた作品です。

作家プロフィール
京都芸術短期大学卒業
セツモードセミナー卒業
2002年 ルデコにてグループ展
イメージフォーラム卒業

『個』
『個』若見ありさ+石塚聡子/2003年/5分

■ 宇宙の中で繰り返される死。人の死、微生物の死、宇宙の死。
宇宙の中で繰り返される生。人の生、微生物の生、宇宙の生。

作家プロフィール
無意識に描いた落書きや自分のみた夢に影響を受け、絵やアニメーションを制作。
「あらかじめ失われた未来のために」 e l e c t r o p t i 東京・青山・スパイラル(2000.3)
「第1回スパイラル・インディペンデント・クリエイターズ・フェスティバル」映像部門オペラ賞受賞 東京・青山・スパイラル(2000.4)
「24×24展」オランダ EXEDRA (art center for comtenporary art designarcifecturee)(2001.2)
「ヤング・パースペクティブ」渋谷 Image Forum(2001.5)
「transit国際交流展」ドイツ、デュッセルドルフ クンフトアカデミーギャラリー(2001.10)
「第13回石田財団芸術奨励賞受賞・受賞記念展」e l e c t r o p t iexhibition ナディアパーク・デザインギャラリー(2002.5)
「animation tapes vol11」本山multiple choice(2005.11)

『幻影感覚』
『幻影感覚』若見ありさ/2006年/5分

■ すでに失われた身体の一部があたかも実在するような感覚。
意識の世界で過去になりきれなかった身体のイメージ。
自分の生活の一部であるものを失ったことを受け入れられず、それによって起きる障害

作家プロフィールは『個』をご参照下さい。

『ぼくのボールはどこへ』
『ぼくのボールはどこへ』チョ・ソンギョン/2005年/15分30秒

■ 静かなピアノをバックにサラリーマン風の男がお寺に向かう。
男はしばし少年時代の回想にふける。
野球のボールを媒介に過去と現在がつながり、迫憶を共有できる友が今も近くにいるという素朴な幸福感が画面全体に広がる。

『道連れ』
『道連れ』ハン・ヒチャン/2005年/6分

■ 漫画的技法を駆使し、台詞は字幕で処理しながら早いテンポで小気昧よく進む作品。
はつらつとしたアイディアがキラリと光る作品。

『Lost and Found』
『Lost and Found』シン・ヨンジェ/2005年/10分

■ シンプルなスケッチで描かれた主人公キョンウォンがなぜかリアルで親友のように感じられる。友達、傘、赤いレインコート、ドイツで美昧しいソーセージの作り方を習って来たいという夢…人間の成長をテーマにしながら、小さなリアリティーの積み重ねが大きな説得力として伝わってくる。

『パパが必要』
『パパが必要』チャン・ヒョンウン/2005年/10分

■ 主人公の白い狼は作家である。奇抜な設定からはじまる物語。
ふとしたことから人間の女の子を半強制的に任される。さらに鹿、亀、うさぎと次々に家族が増えていく。作家として、にわか家族のパパとして暮らすことになった狼の姿はどことなくあたたかい。めまぐるしい変化の中で瑞ぐ現代人に送る心温まる童話のような作品である。



『韓国 VS 日本ショート・アニメーション』Hプログラム

『バッドモーニング! ママ!』
(2006年5月14日(日) 17:30〜・5月19日(金) 20:30〜・5月20日(土) 13:00〜)
『バッドモーニング!...』今井大輔/2006年/3分30秒

■ 自分のイメージした見てみたいシーンの断片をつなげるように鉛筆で一枚一枚描きまくりました。
見たいシーンがイメージできない時、イメージがうまく絵にできない時、描いた絵がイメージ通り動いてくれない時も、全てがつながるまで、描かなくてはいけないのです。そこからまた予想してなかった新しいシーンも出てきました。

作家プロフィール
2005年度イメージフォーラム映像研究所アニメーションコース第3期生。
同研究所卒業制作展にて上映。

『TV-CM:竜宮堂書店』
『TV-CM:竜宮堂書店』あしたのんき/2005年/15秒

■ 関西ベースのリサイクルショップのCM。オレンジ色の竜がトレードマーク。
音楽、歌は「みんなのうた」で一度御一緒させて頂いた落合さとこさん。
ローカル局「サンテレビ」で放映された。

作家プロフィール
1971年3月6日生まれ。
1996年、アニメーションプロダクション入社。2002年、退社。
手描きアニメーター、イラストレーターとしてフリーランスで仕事の傍ら、フリップブック、アニメーション等の自主制作、発表を始める。
ウェブサイト「あしたのんきショウ」上で、小品を公開している。
作品暦:
『HAPPY BIRTHDAY- collection』(2001年/2分)
『鈍行列車』(2003年/4分30秒)

『FRANK'S FEAST』
『FRANK'S FEAST』あしたのんき/2005年/2分

■ アメリカの奇才なコミックアーティスト・Jim Woodringの代表シリーズ"Frank"の1エピソードをアニメーション化した小作品。
ストーリーは、見る方の御想像にお任せします。

作家プロフィールは『TV-CM:竜宮堂書店』をご参照下さい。

『お月様とたいよう』
『お月様とたいよう』イチキエリコ/2004年/4分

■ 絵本っぽくしたかったみたいです。

作家プロフィール
1983生まれ。イラストレーター兼、WEBクリエイター。

『雪渡り』
『雪渡り』こぐまあつこ/2004年/13分40秒

■ 3ヶ月もの長い間、雪に覆われる北国では、春に近付いた数日だけ雪が凍って、畑や川の上を自由に渡って行ける日が有ると言います。そんな不思議な日に、普段は行く事の出来ない森の中で、四郎とかん子は一匹の紺三郎と云うキツネと出会うのです。
そして、彼らは再会を約束し、満月の夜に不思議の森へと再び出掛けるのでした。
この物語は、この世界で生きて行くのには自分以外のいろんな物事を理解し共存して行く事がどんなに大切かを伝えています。

作家プロフィール
1969年徳島県生まれ。徳島県立名西高等学校 芸術科(美術)卒業。
グラフィックデザイナーを経て、(有)モリクラフトアニメーションに6年間在籍し、森まさあき氏に師事。
1999年よりフリー。現在は立体アニメーションを中心に、アニメーションの企画・演出・制作まで手掛ける。
どんな時代でも、こどもたちの笑顔は人類の宝物。そんなステキな宝物を少しでも増やせるように、私はこれからも微力ながら日々アニメ道に精進して参りたいと思っております。
HP「こぐまあつこ

『The Oldman and the Monster』
〜作品データは後日アップいたします〜
『The Tree』
〜作品データは後日アップいたします〜
『巣』
『巣』チェ・スイン/2005年/8分40秒

■ アジアの国々が近代化の過程で経験した西欧文明による伝統社会の破壊。
その歴史を韓国的な情緒と色彩で描いた作品。線の太い民画的な手法がとても韓国的である。

『Dr. Thorn』
『Dr.Thorn』イム・ジョングン/2005年/24分30秒

■ クロ一ンに関する話題は最近の世界的な関心事である。
この間題を突破口に、人間が作り出した悲劇的状況は再び人間に返ってくるということを暗示している。
パペットアニメの長点を存分に生かし、個性的なキャラクターに存在感を与えている個性的な作品。



『短篇調査団(27) 寄席の巻』

『寄席の人々―年輪の秘密シリーズ―』
1959年/18分/白黒/制作:岩波映画製作所/企画:日本鋼管/
プロデューサー:小口禎三/演出:武市好古/撮影:瀬川浩

■ 慶応元年(1865年)に建てられ、明治・大正期における寄席の様式を今に伝える唯一の寄席「末広」(東京都日本橋人形町)の佇まいを紹介。また落語家が弟子に稽古をつける様子や曲芸師の練習風景、下座で三味線を弾く様子などを紹介している。

『附子(ぶす)―狂言のおもしろさ―』
1988年/30分/カラー/制作:学習研究社/プロデューサー:福井康雄・佐藤洸/
演出:渡辺哲也/撮影:宮武嘉昭

■ 一休さんの話にも出てくるポピュラーな狂言を、専門家の演じる本格的な舞台を見ることによって、親しみやすく、内容がよく味わえるよう工夫した。演者は野村万作・野村武司。

『東大寺献華―大仏殿昭和大修理落慶法要―』
1982年/16分/カラー/制作:勅使河原プロ/演出:勅使河原宏

■ 「昭和大修理」の名のもとに進められてきた東大寺大仏殿の修復。昭和55年には天平の甍(いらか)が甦り、落慶法要が営まれた。その中での草月流の献花の儀式を紹介する。

『隈取』
1983年/30分/カラー/制作:活人堂シネマ/
プロデューサー:柴田輝二/演出:松本俊夫/撮影:杉山昭親

■ 十七代市村羽左衛門が、自から隈取の化粧をしながら、隈取の起源とその意味を詳細にわたって解説する。



『短篇調査団(28) 大阪の巻』

『シンフォニカ大阪』(2006年6月14日(水) 20:00〜)
1970年/30分/カラー/制作:読売映画社/企画:大阪府

■ 日本万国博の地・大阪。第1楽章・大阪のひろがり―自然と歴史、第2楽章・大阪その愛―生きる人々の姿、第3楽章・大阪その未来へ…を音楽と共に紹介する。

『てんまのとらやん』
1971年/17分/カラー/制作:ビデオ東京/企画:大村英之助/
プロデューサー:近藤巌・森谷玄/プロデューサー・演出:河野秋和/演出・人形アニメーション:中村武雄/
脚本:加藤盟/撮影:高森菱児/音楽:宮崎尚志

■ 大阪のうなぎ屋の丁稚とらやんが、逃げたうなぎを追っているうちに、ひょんなことから月の世界や海底の竜宮城へと旅するおかしな冒険物語。人形アニメーション方式で描いたミュージカル映画である。

『竜門の人びと』
1968年/40分/カラー/制作:桜映画社/企画:貯蓄増強中央委員会/
プロデューサー・脚本:村山英治/演出:堀内甲/撮影:三枝弘夫/音楽:長沢勝俊/
解説:川久保潔

■ 和歌山県粉河町竜門地区の農民達の三代に亘る近代化の歩みを描く。大正から昭和に至る50年のミカンの村の奮闘史で、村人が総出演で演じ俳優は一人も登場しない。



『鈴木志郎康 極私的に二日間上映会』

『風を追って』(2006年6月17日(土) 14:00〜)
『風を追って』1985年/42分/16ミリ

■ この作品は、カメラがまわるとフィルムが走って風が起こる。その風を追って、イメージを追いかけ、遠くアフリカのイメージまで行ってしまうという作品。9月、台風の風で、隣の家の取り壊し工事で張られたシートがばさばさと音を立てていた。そういえば、詩人の藤井貞和さんが風が言葉になったというようなことを書いていた、と思いだし、その藤井さんの「風」というタイトルの8ミリフィルムから、言語学者の西江雅之さんからかなり以前に貰った8ミリフィルムへと、糸の切れたタコのようにイメージが吹き飛ばされて行く。風が言葉を運ぶということを語る映画。音楽は、アフリカの民族音楽のアルバムから借りた。


『あじさいならい』
『あじさいならい』1985年/50分/16ミリ

■ この作品は、1985年8月5日、6日、7日の3日間、池袋の「スタジオ200」でわたしの「日記映画」の映像個展があって、そのための新作として作られた。以前、メカスの「ロスト・ロスト・ロスト」を見て、映画の中に映画を取り込むというやり方があるのを知って、それに倣って前に撮ったフィルムを生かそうと思った。それは丁度、小さい花が沢山集まって一つの大きな花になっているあじさいの花と似ていると思い、そのあじさいが芽を出し、つぼみを付け、花を咲かせるまでの過程を軸に、吉増剛造さんたちと沖縄に行ったとき撮ったフィルムや、藤井貞和さん、阿部岩夫さんたちと黒川能を見に行ったときに撮ったフィルム、また吉増さんの朗読の真似をして8ミリカメラを回しながらアドリブで喋って撮った8ミリフィルム作品を取り込んだ。音楽は、当時文通などしていた谷山浩子さんに作って貰った。


『枯れ山搦めて』(2006年6月17日(土) 16:00〜)
『枯れ山搦めて』1987年/39分/16ミリ

■ この作品は、枯れ枝に芽が出ているのを見つけて、「枯れ山は実は芽で被われているのだ」と気が付いたところから始まった。個数は、1、2、3、4と増えて行くが、四つ以上の物が集まっていると、もう多数というふうに見えてしまう、物の数の見え方を軸に展開していく。植物の息吹に生命を感じるというのを、若い三人の女性に出演して貰って、その雰囲気を出した。音楽は、アラビアの民族音楽を借りた。


『気息の微分』
『気息の微分』1992年/15分/16ミリ

■ この作品では、熱と水分が堅いパイプに穴を開けたり、割れ目を作ったりすることに驚いて、自然というものを受け止める感情をえがいた。この頃、わたしはパイプタバコを吸っていた。パイプの中は、数千度の高温になるという。それで、パイプの素材の堅いヒースの根も焼けてしまう。自分の吸い方が荒いからだ。また、パイプの内側に脂が溜まる。この脂が水分を吸収して、パイプに割れ目を作る。自分の手元に自然の強烈な力が働いている。それを知ったときの感情。自分の存在の空虚さ。それを日常生活から得た映像で語ろうとした。音楽は、短波放送から録音したものを使った。


『時には眼を止めて』
『時には眼を止めて』1994年/20分/16ミリ

■ 白い薔薇の花と蘭の花。それぞれが女王のように美しい姿で咲いた。その形が美しさを語りかけてくる。つまり、花の形は言葉なのだ、という考えから始まって、植物の生理と人間の欲望について語る。夏から冬への庭に眺めの消長の沿って作品は展開する。


『比呂美―毛を抜く話』(詩人 伊藤比呂美)(2006年6月18日(日) 14:00〜)
『比呂美―毛を抜く話』1981年/90分/16ミリ

■ 前の年に、詩人の正津勉さんを映画に撮って、若い女性詩人として売り出し中の伊藤比呂美さんをフィルムに撮っておこうと思った。そこで、比呂美さんといろいろ話しているうちに、「毛を抜くのが大好き」というので、聞くと、話の内容が生命感というところに触れてくる。それを話しているところを撮ろうと決めた。彼女は自分の毛を抜くとき、抜く自分と抜かれる自分の両方を自覚して興奮してくるという。皮膚が問題だという。撮影していて、彼女の話が立派な身体論になっているのに驚いた。導入部に、ヒカシュウの曲を借りた。


『戸内のコア』(詩人 福間健二)(2006年6月18日(日) 16:00〜)
『戸内のコア』1991年/15分/16ミリ

■ この作品では、詩人の福間健二さん夫妻の生活の仕方を描いた。福間さんの詩集「カントリー・ライフ」を読んで気に入って、文通をするようになった。福間さんは、近代の都市生活というものに疑問を持っていて、自らの生活のよりどころとするところを探っている。そして、中国伝来の太極拳や輸気に関心を持って、それを始めている聞いたので、自然に気持ちを通わせる夫妻の姿を撮影することにした。


『オブリク振り』(詩人 川口晴美 岸利春)
『オブリク振り』1988年/22分/16ミリ

■ 「オブリク」はoblique、「ななめ」とか、「よこしま、ひくれた」とかという意味。とかく「自分の内側」ばかりにこだわるわたし自身の意識のあり方に飽きてきて、外側に目を向ける、つまり「対象化」という問題を持ち出した作品。サディズムの元祖、サドは対象化を徹底させた論理を組み立てた。写真家のマイブリッジも、写真の対象と扱いを徹底した。というところから語り始めて、わたしは彼らのように垂直には物事を考えられない。わたしはどうも斜めぽっくなる。とにかく部屋から外へ出て「対象」として、二人の詩人を選んだ。一人は、当時商社勤めして円ドルの売買のディーラーをやっていた川口晴美さん。もう一人は、山形の山深いところで乳牛を飼育して暮らしを立てている岸利春さん。二人の生活をスケッチして、自作の詩を読んで貰った。


『荒れ切れ』(詩人 ねじめ正一)
『荒れ切れ』1984年/30分/ビデオ

■ この作品は、詩人・ねじめ正一を主人公にした「作り話」として作った。朗読詩人を目指すねじめ正一は、修行のために汽車に乗って先輩詩人の阿部岩夫さんを訪ねて、朗読の極意の教えを請う。阿部さんは、何よりも抜き身の覚悟が必要と、真剣を出して語る。ねじめ正一は「裸だ」と得心。早速、「ねじめ民芸店」の売り台に全裸で立って、自作の詩を朗読する、というお話。音楽は、キース・ジャレトのアルバムからと河内音頭のアルバムからと花祭りで録音してきたものを借りた。


『科特隊 動詞映画まつり』1回目

『ぬれる』(2006年6月23日(金) 19:30〜)
1969年/28分/カラー/16mm/制作:岩波映画製作所
プロデューサー・脚本:牧衷/演出:片野満/撮影:関晴夫

■ 私達の身辺には「濡れ」に関連する現象がたくさんあり、この現象に悩まされたり恩恵をこうむったりしている。墨、化粧品のオシロイ、濡れる現象を巧く利用したオフセット印刷などを観察していく。

『すべる』
1972年/27分/カラー/16mm/制作:東映教育映画部
プロデューサー:神英彦・佐藤有弘/脚本・演出:大島善助/撮影:川尾俊昭

■ すべる現象の利用は重要な役割を果たしているが、すべりを止める技術も大切になってくる。自動車のタイヤとスピード、路面との関係など、実験を通して理解させていく。

『あらう』
1980年/16分/カラー/16mm/制作:学研映画
プロデューサー:原正次・石川茂樹/演出:北条美樹/脚本:定村武士/撮影:平野光徳

■ 「あらう」という現象を、日常生活の中から産業分野に至るまで探る。「あらう」技術の進歩が人々のくらしの向上に大きく貢献していることを、特に省資源に役立っていることを理解してもらう。

『染める』
1976年/30分/カラー/16mm/制作:東邦シネプロ
プロデューサー・脚本:鮫島亀祿/演出:市川雅啓/撮影:志賀葉一

■ 染めるとは何か。そのしくみはどうなっているのか。そのために人間はどんな知恵で技術を考えたか。染料と繊維との関わりあいを実験や顕微鏡撮影によって追跡する。


『短篇調査団(29) どろぼうの巻』

『ビル荒し』(2006年6月28日(水) 20:00〜)
1966年/33分/カラー/制作:朝日テレビニュース/企画:防犯協会/
演出:松島稔/脚本:今村文人/撮影:有村弘

■ ビルディングの増加につれて、金庫破りや事務所荒しなど、いわゆるビル荒しが多く発生するようになった。それを防ぐにはどうしたら良いか…。劇構成で描く常習犯逮捕への闘い。

『あき巣』
1967年/30分/カラー/制作:朝日テレビニュース/企画:東京防犯協会連合会/
演出・脚本:山崎大助/撮影:有村弘

■ 年間300億円もの被害額に上る窃盗、平和な家庭生活に忍びよる黒い影、主人公に常習の侵入犯を置き、彼の体験を通して、具体的に最も効果的な予防対策を訴える。

『どろぼうのひとり言―家庭防犯の基本―』
1972年/30分/カラー/制作:東映教育映画部/
プロデューサー:金指功/演出・脚本:山口昇/撮影:北川英雄

■ 家庭防犯の基本といわれる空き巣を中心に、被害に遭いやすい家、遭いにくい家を環境や家の構造などの諸条件や侵入、物色方法、対策など犯人の側から描き出す。